第231回健康歩こう会8月例会「のぼうの城の舞台・行田巡り」の実施報告

健康歩こう会では参加して良かった、楽しかった、新しい発見があった、感動したと思っていただけるコースを選んでいます。
今回、第231回目を迎えた8月例会は、先に映画化された「のぼうの城」の舞台をテーマに、歴史に名を留める行田市(ぎょうだし)を巡りました。
田市は、埼玉県北部にある人口約8万人の市で、市制70周年目を迎えています。旧・武蔵国埼玉郡(さきたまぐん)、大字埼玉(さきたま)は古くは万葉集にさきたまの津という記述があり、風土記にも武蔵埼玉郡(さきたまごおり)、とあるように、「埼玉県」(さいたまけん)という地名の発祥地でもあります。「和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田」が日本遺産に認定されました。映画『のぼうの城』、小説・ドラマ『陸王』の舞台にも成って有名です。 更には地場グルメ「ゼリーフライ」が名物です。

忍城:御三階櫓を背景に記念の集合写真

2019年(令和元年)8月24日(土)開催、当日は気温33℃と日照りの強い暑い一日と成りました。秩父鉄道行田市駅に、今回は参加者14名が集合しました。(猛暑・遠距離の影響で少人数の例会と成りました。)
柿本会長より開会挨拶、暑いので体操は省いて、ご案内役の古澤幹事より、コース見どころをご紹介して出発しました。最初は「忍城址・行田市郷土博物館」を目指します。

【忍城址・行田市郷土博物館】…(豊臣秀吉が唯一落せなかった城・忍城)
室町時代中期の、文明年間の初期(15世紀後半1479年頃)に成田親泰氏によって築城されたと伝わる忍城(おしじょう)は、戦国時代には関東七名城の一つに数えられ、今や続日本百名城の一つでもあります。映画「のぼうの城]と言ったら忍城です。上杉謙信の攻めにも耐え、その後1590年(天正18年)豊臣秀吉の関東平定、小田原征伐に際しては、石田三成が全長28Kmにも及ぶ堤防を築き、利根川と荒川の水をせき止め水攻めをしました。ところが忍城の中核部分が微高地である為、水没せず最後まで果敢に耐え抜きました。そして別名、水に浮かんだ城に見えたことから「忍の浮き城」とも呼ばれるようになったのです。結局、小田原城落城後の7月上旬、漸く城を開ける事に成りました。(城主成田氏は豊臣秀吉に通じていたためか、その後赦免されて下野烏山で3.7万石の大名になり、大阪の陣でも徳川方として奮戦しました)。この戦いの後、忍城は関東に入国した徳川家康の持ち城と成りました。江戸時代に入ると徳川方の譜代大名松平家が相次いで忍城に配置され、その後1639年に老中阿部忠秋が入ると、御三階櫓が新たに建設されるなどの城郭改修や城下町の整備が行われ、以後184年間阿部氏の時代が続きます。1823年に成ると伊勢桑名から(奥平)松平忠明(家康の長女亀姫の四男、家康の孫、)の分家独立した家が、忍城最後の城主奥平松平氏(松平忠堯ただたか)になります。48年あまりで明治を迎えます。
そんな素晴らしいお城ですが、残念ながら明治維新後、1871年(明治4年)廃藩置県と同時に廃城となり、1873年(明治6年)に土塁の一部を残して取り壊されています。現在では、公園として整備されているほか、昭和63年(1988年)に御三階櫓が再建されています。

忍城の本丸跡地に開館した「行田市郷土博物館」に到着しました。早速学芸員の浅見さんからご丁寧な説明を受けました。当博物館は昭和63年(1988年)に開館しました。『のぼうの城』で描かれた歴史について、日本一とも謳われた足袋づくりについての展示がたくさんあり、古代の行田では古墳を中心とした古代の歴史や文化を辿り、見ごたえたっぷりでした。博物館の渡り廊下から入って御三階櫓に昇って展示物等も見学しました。行田の歴史について約一時間程度深く勉強できました。
尚、戦国の往時を偲び「忍城おもてなし甲冑隊」による大将祭りが有名です。
「のぼうさま・成田長親」が忍城城代就任429年記念に当たりイベント開催中です。博物館見学を終えて、門外で御三階櫓のそびえるお城を背景に記念の集合写真を撮りました。途中ではかって外堀であった「水城公園」に立ち寄りました。更に歩いて道筋に「十万石まんじゅう」の幟が見えてお店が在りました。(忍城は、忍藩10万石の城下町で、ご当地行田市が十万石まんじゅうの由来です)皆さん立ち寄ってお土産購入されました。次に近くの「清善寺」へ向かいました。

【清善寺】
清善寺は曹洞宗のお寺で室町時代中期の、永享12年(1440年)、成田顕忠氏が開基した寺で、賽銭箱と香炉に入っている成田家の家紋が有りました。休憩所の屋根には「忍城の古圖」が描かれていて、当時成田家家老の「酒巻靱負(ゆきえ)、柴崎和泉守、筆頭・正木丹波守」の文字が見えました。午後二時前後さらに暑く成って、一行は古墳通りに出て「高源寺」に向かいました。途中、佐間天神社に立ち寄りました。正木丹波守利英のゆかりの地です。屋敷も当地に在ったと伝えられています。

【 高源寺】
臨済宗円覚寺派のお寺です。忍城主成田氏長の重臣であった筆頭家老の正木丹波守。小説『のぼうの城』でファンになった方も多いのではないでしょうか。『のぼうの城』のラストで正木丹波守は武士を辞め、戦で亡くなった人たちの供養をするため寺を建てるというセリフがありました。そのお寺がまさに高源寺なのです。
忍城水攻めの戦で亡くなった戦没者たちの供養塔をはじめ、寺を建てた正木丹波守自身のお墓もありました。皆さんしっかり合掌されていました。
更に、古墳通りを歩きながら皆さんお疲れの様子、西友ストアの前でひと休憩しました。ここで用意していた行田名物「ゼリーフライ」を一緒に試食してみました。
(フライと名前は似ていますが、全く違う食べ物、衣のついていないコロッケといった風情の物で、中国から伝わった野菜饅頭です。その名の由来は小判型であることから銭フライがなまってゼリーフライと成ったとか。ヘルシーでおやつがわりに代々重宝がられたと。

古墳通りをさらに約1Km歩きながら、漸く目先にさきたま古墳公園が広々と見えてきました。

【さきたま古墳公園】
さきたま古墳群は、県名発祥の地、遡って5世紀後半から7世紀初め頃までに作られた大型古墳が9基も残されています。丸墓山古墳、稲荷山古墳、二子山古墳、 将軍山古墳、 鉄砲山古墳、中の山古墳、瓦塚古墳、奥の山古墳、愛宕山古墳があり、見応え満載!その中でも丸墓山古墳は、水攻めの際に忍城がよく見えることから、石田三成がこの場所に陣を構えたと伝えられています。
今回目指すは映画「のぼうの城」でも話題性の高い近場に在る「丸墓山古墳」に頑張って登りました。皆さん汗だくだくで疲れも多少あってかしんどかった様でした。

【丸墓山古墳】
丸墓山古墳は、日本最大の円墳で、直径は105m、その高さはなんと18.9mと結構な高さです。階段を一段一段と、登り終えると目の前に行田市内が一望できて、古墳の上から遠方に小さく忍城を見つける事が叶いました。かって石田三成が水攻めした際に陣を張った場所としても有名です。(当時の眺めは、忍城は、平城の城郭で、自然の沼沢地や泥湿地に囲まれていて浮き城とも言われた一見難攻不落の沼城、8年前に見た秀吉の備中高松城に於ける水攻めに憧れが有って、周辺の利根川、荒川、忍川を使って地の利を謀り事前から水攻めで落そうと決めていたとも言われています。)駐車場から丸墓山古墳に向かう道には、水攻めの際に作った石田堤があったとして碑が残されていました。
愈々、ゴールに近づきました。道を横断、向かいの「さきたま史跡の博物館」の見学です。近くに「埼玉県名発祥の碑」が建っていました。恐らく旧埼玉郡(さきたまぐん)の中心地で有ったと考えられると記されていました。

 【さきたま史跡の博物館】
学芸員の的野さんから、先ず、さきたま古墳群(9基の古墳群)の紹介、続いて国宝展示室では特に「金錯銘鉄剣(きんさくめいてつけん)『国宝』」の詳しい説明を伺いました。皆さん説明の内容を理解されている様子でした。
埼玉県立さきたま史跡の博物館は、埼玉県行田市のさきたま古墳公園(9基の大型古墳からなる埼玉古墳群(国の史跡)を整備した公園)内にある博物館です。1969年(昭和44年)開館。 埼玉県の県立博物館再編計画に伴い、2006年(平成18年)に埼玉県立さきたま史跡の博物館と改称されました。展示施設は本館と将軍山古墳展示館です。 本館には国宝展示室と企画展示室のふたつの展示室があり、国宝展示室では金錯銘鉄剣(国宝)などのさきたま古墳群やその周辺の遺跡の出土品が展示されています。企画展示室では定期的に企画展が開催されています。 将軍山古墳展示館は1997年にオープンした展示館で、埋葬の様子が復元された石室の内部を見学できるようになっています。
☆ 金錯銘鉄剣きんさくめいてつけん(国宝):稲荷山古墳は、昭和43年(1968年)に発掘調査され金錯銘鉄剣、帯金具、まが玉、鏡をはじめ多くの遺物が出土しました。これらは昭和58年(1983年)に一括して国宝に指定され当博物館に展示されています。特に、金錯銘鉄剣に刻まれた115文字の銘文は、わが国古代国家の成立を読み解く貴重な手がかりと成ります。

終了後、博物館会場にて解散式を実施しました。柿本会長より、ねぎらいと次回例会「お台場で最新科学を体験」のご案内と誘いの言葉があり、終了と成りました。

一行は、公園前の午後4時10分発の市内循環バスに乗車し、秩父鉄道行田市駅経由JR高崎線行田駅に向かい帰路につきました。

市内循環バス乗車(帰路)

☆ 本日の例会は、暑い中(気温33℃と日照りの強い)、お疲れ様でした。
ご協力有難う御座いました。(歩行距離 約8Km

今回のコース・順路】…
(秩父鉄道)
     行田市駅集合→忍城址・行田市郷土博物館→清善寺→高源寺→
さきたま古墳公園→
   丸墓山古墳→さきたま史跡の博物館→
バス利用→JR高崎線 行田駅( ゴール)

☆ さきたま史跡博物館周辺には、石田堤、古代蓮の里、田んぼアート等が有名   です。今回は時間や歩行距離等を考慮してコースから外しました。                       

 【ウォーキング】

     写真撮影  :     会長    柿本政昭(3256)

     文章作成  :  コースご案内   古澤律夫(4945)

   

 

 

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