第217回健康歩こう会6月例会「キューポラの街を懐かしむ」を開催しました。

川口市は、東京に隣接する地の利もあって毎年人口増加が続き、現在の人口は59万5000余、埼玉県内ではさいたま市に次ぐ第2位の中核市と成っています。
特に、「キューポラ」・「日光御成道(おなりみち)」が有名です。
6月例会は、当川口市のキューポラにターゲットを絞り、工場見学もしながら歩きました。(☆ 昨年8月例会が天候悪化で流会と成り、再度の取り組みでした。)

伊藤鉄工株式会社キューポラ工場見学  集合写真

開催日:平成30年6月20日(水)天気:弱雨
6月梅雨前線の影響で朝から雨が降っていましたが、今回「キューポラ工場見学」
先の伊藤鉄工株様の熱意に絆され、例会の主目的であった為、雨天決行にて実施しました。正午、JR京浜東北線川口駅に25名の会員の方々が集合しました。
一階東口にて、柿本会長の挨拶、諸連絡事項、次に有田幹事によるストレッチ体操、コースリーダーの古澤幹事より本日のコース概要の説明が為されました。

① 川口の鋳物業が盛んに成った歴史的背景?
荒川の水運に恵まれ、江戸に近く、鋳型に必要な粘り気のある砂も大量に取れる等、環境にも恵まれていた。室町時代末期頃鋳物が作られていて江戸時代に入ってさらに盛んと成った。幕府はオランダから技術を導入して「キューポラ」を建設、これが近代化への先駆けと成った。

キューポラのある街の
 映画ポスター

➁ 「キューポラのある街」1962年(昭和37年)吉永小百合さん主演のデビュー作日活映画で、ブルーリボン賞主演女優賞を受賞、大きく飛躍するきっかけに成った作品、なお17歳での受賞は史上最年少であり、この記録は破られていない。
この映画配給の時期、川口市の鋳物工場は最多で約700前後。その後、産業の変化や公害問題、円高、機械・電機工場の海外移転などで、鋳物工場は廃業や移転を迫られ、300前後に半減。敷地は高層マンションに変わった。現在は会員数119社、鋳物製造に携わるのは72社で、中でも「キューポラの良さに拘る企業」は現9社だけと成って、新技術で勝負、必ず生き残ると頑張ってられます
③ 日光御成道(おなりみち)、徳川家康公、日光東照宮との関わり?
日光御成道(おなりみち)は、徳川家康公が祀られている日光東照宮への社参の為の将軍専用の街道筋です。日本橋から中山道を進み、1里目の本郷追分(現在の東大農学部正門前の交差点)を起点に赤羽岩淵宿、川口宿、鳩ケ谷宿、大門宿、岩槻宿を過ぎて幸手追分にて日光街道と合流する12里30町(約48Km)の脇街道です。初代将軍家康公は関ケ原の戦い(1600年)で石田三成に勝利、直ちに江戸幕府を開き(1603年)、2年後徳川秀忠公に家督を譲り、駿府で隠居、晩年を過ごし、1616年に死去、遺命によって遺骸は駿河の国の久能山に葬られ、同年に久能山東照宮の完成を見たが、翌1617年に下野国日光に改葬される。日光では同年4月に社殿が完成し、今の日光東照宮が建立されました。

愈々スタートです。皆さん傘や雨具を被り、隣の「キューポラ広場」に集合。

【キューポラオブジェ・働く歓び像】広場には判り易くキューポラのモデルが聳え立ち、隣には往時を偲ばせる労働者の姿が伺えます。
キューポラとは一体何でしょうか?皆さんに基本概要を説明しました。
☆「コークスの燃焼熱を利用して鉄を溶かし鋳物の溶湯(溶解され液体状に成った鉄)を得る為のシャフト型溶解炉に分類される溶解炉です。1500度で熱し溶けた鉄の湯を下から取り出す。円筒形ですらりと高く、煙突の先が屋根から突き出す。」
本町大通りを歩きながら、次の川口神社へ向かいました。

【川口神社】大鳥居の正面に川口神社が見えます。
川口市の総鎮守で、平安時代の天慶年間(938~947年)に大宮氷川神社より勧請し、古来より信仰を集めたと言われる。享保18年(1733年)の銘が残る神鏡は市指定文化財と成っている。12月15日は大歳祭(おかめ市)で賑わいます。
当神社はもと氷川社と称し、江戸時代8代将軍徳川吉宗公の恩顧を受け、氷川大明神と尊称した。明治42年には、金山社を合祀して社名を「川口神社」と改めた。
☆ 金山社は川口の伝統基幹産業の鋳物業の守護神で現在の金山神社です。
境内には神社、文化財も多く、金山神社、梅ノ木神社、杉山稲荷神社、八雲社、川口護国神社を巡り、市指定史跡の凱旋橋の碑の紹介など時間を掛けました。
大通りに戻り次は文化財センターに向かいました。

途中の交差点脇に川口宿ミニパークが有り、川口宿絵碑が建てられています。
雨で隊列が長く成っており、立ち止まった方だけ概要説明しました。
「ここは、江戸時代から日光御成道の本通りが有った場所です。今は本一通りと呼ばれ昔の佇まいが少し残っていますが、江戸時代初期より2代将軍徳川秀忠公を初め、日光東照宮の初代徳川家康公を社参する為の将軍専用街道でした。荒川の赤羽には岩淵宿がこちら側には川口宿が設けられて、将軍のお休み所、食事処の役目が有りました。従い徳川家と深い関わりを持つ事に成った旧本陣の門が近くに現存しています。」

【市立文化財センター】市内の文化財を展示。先ず2階の展示室コーナーで発掘調査の出土品や鋳物に関する資料、獅子舞などの民族芸能に使う道具などを見学しました。小学校時代に世話に成った「鋳物製ダルマストーブ」が懐かしい、この形は川口鋳物の特徴で、当時は全国の70%が川口製であった様です。
1階の鋳物資料室では冒頭キューポラモデルを前に丁寧に基礎から、名称、規模、構造、分類、使用法、特徴など、きめ細かく、時間を掛けて説明が有りました。
会員の方も、概要は理解された様でした。(風間所長に感謝です。)

次は主目的の「伊藤鉄工株キューポラ工場見学」へ向かいました。
雨も小降りに成りましたが約800m程度歩きました。

【伊藤鉄工株キューポラ工場】約束通り到着し、2階食堂に案内されました。当伊藤鉄工株式会社は昭和6年(1931年)設立で、創業86年、従業員90名、キューポラ工場に拘る最有力の会社です。現伊藤光男社長は3代目の社長で「川口鋳物工業協同組合25代目理事長」並びに全国、「日本鋳造協会会長」です。
今回は岡崎工場長が対応されました。冒頭挨拶から始まり、約30分程度スクリーンを使って、会社の概要、鋳物の歴史、キューポラとは?、工場の行程取り組み、今後の取り組み展開等、丁寧に時間を掛けて説明されました。続いて乞うご期待の工場見学です。安全第一で全員ヘルメット被り、2班編成で工場に入りました。火入れが活発で赤々と燃え散っています。まさに1500度で、溶けた鉄の湯を下から取り出す現場を、皆さん初めて実感体験されました。(貴重な体験です。)
工場長より、場内の案内が細かく有って、溶湯を取り出す~鋳型に流し込む~鋳型から取り出す~出来た鋳物原型を研磨等々、工程ごとに説明がありました。時間差を置いて第2班も続きました。時間をたっぷり使って皆さん理解されました。一旦食堂に戻って質疑応答が有って、帰路には正門で集合写真を撮りました。
(実に懇切丁寧に受け入れ頂き感謝します!)

午後3時過ぎと成りました。弱雨の天候でも有り、当初のコースを一部割愛して次は、「錫杖寺」へと、来た道を折り返しました。約1Km先です。
錫杖寺の門前に「凱旋橋跡」が有りました。

【凱旋橋跡】日露戦争の終結の翌年の明治39年(1906年)5月13日に行われた川口町出身兵士(74名)の凱旋祝賀会で、凱旋パレードの通過点としてここに流れていた錫杖寺圦用水に架設された石造りアーチ型の凱旋橋の遺跡です。「凱旋橋の碑」がこの橋と平行して造られ建立された。今は、川口神社の境内に移設され残っている。日露戦争は川口市を代表する地場産業である鋳物業発展のエポックと成った出来事であった。(今は川は無く、欄干だけが残ってしまった。)
隣り合わせの錫杖寺に入ります。

【錫杖寺】真言宗智山派の寺院。(錫杖とは僧侶・修験者が携帯する杖で頭部は輪形に錫で作られ、その輪に遊環が通してあり音が出る仕組みが、寺の由来です。)
開基は717年奈良時代、聖武天皇勅命にて、行基によるとの伝承で、鎌倉時代に再興され室町時代には8代将軍足利義政公により整備され、末寺53寺を所有する名刹と成ったのです。(錫杖寺は江戸城の鬼門にあたっており、江戸城守護の意味もあったと思われます。) 江戸幕府2代将軍・徳川秀忠公が日光参拝の途中、錫杖寺を休息所昼食処と定めて以来これが吉例と成り徳川家と深い関わりを持つ事と成ります。本堂・屋根瓦、灯籠などに「三つ葉葵のご紋」を見る事が出来ました。境内には有形文化財の銅鐘も見られ昔を偲ばせる。また本堂裏手の墓地にある、江戸城大奥最後の御年寄・瀧山が眠るお墓を訪ねて、皆でお詣りしました。(瀧山は13代将軍家定公、14代家茂公、15代慶喜公の歴代3代にお仕えして、大政奉還後明治に入ると晩年は侍女と一緒に川口町で過ごしました。)

最後は川口駅東口に戻って、珍しい「巨大ライオン像」を眺めました。

【ライオン像】駅すぐ横のビル屋上に巨大ライオン像が有ります。全長はなんと25m. 兎に角目立ちます。(平成8年ビルのパチンコ店の社長が趣味で設置。)

コースを終えて、その場に集まって解散式です。会長より来月7月例会「両国・隅田川の花火を巡る」の案内があって、解散と成りました。

☆ 本日の6月例会は天候悪条件の中、雨にも負けず皆さん頑張って頂きました。
今回は皆さんに「キューポラ工場見学」を体験頂き、これが唯一の収穫でした。

☆ 尚本日例会では、雨天にて雨脚も悪く、後半のコースの一部を割愛しました。① 鎌倉橋の碑 ➁ 増幸産業の大砲 ③ 川口宿旧本陣の門 ④ 吉永小百合さん主演映画「キューポラのある街」のロケ地(荒川土手、南中学校、等)、

ご協力に対し深く感謝申し上げます。      (古澤 記)

【コース地図】

【ウォーキング】

【懇親会】

 

 

 

 

 

 

 

「第217回健康歩こう会6月例会「キューポラの街を懐かしむ」を開催しました。」への4件のフィードバック

  1. 古澤コースリーダー様
    雨の中、熱心なご説明・誘導、ありがとう御座いました。じっくり事前の研究・勉強をなさっておられる様子が垣間見えて、大変楽しかったです。伊藤鉄工の鋳物製作の行程が直に見学出来て良い体験が出来ました。ご苦労様でした。

    1. 有田さん
      早速に激励の電話並びにコメント有難う御座います。
      これも偏に有田塾の「学ちゃん講座」開講の賜物です。感謝です。
      キューポラは曲折を重ね、今回皆さんの熱意で漸く陽の目を見ました。
      自分より皆さんのご協力にお礼を申し上げたい気持ちで一杯です。
      やれば何とか形に成ります。今後共宜しく頼みます。/ 古 澤

  2. 柿本です
    会員の大塚さんからコメントを頂きましたが、当レポートとは別の場所に投稿されましたので、柿本がコメントを移動して入力します。

    毎回ではありませんが参加させていただいております。
    今回のキューポラ川口では通り一遍の知識では知り得なかった商品の作業工程、環境をつぶさに体感出来。大変有意義でした。
    歩こう会の幹部の方々には、立案、事前歩行(安全面を考慮)資料作成、確保、印刷等
    毎回ご苦労様です。各地の訪問先のピックアップ、順路、相手より事を学ぶ事前折衝等
    ゼロから1まで作る労は大変だと思います。今後もガイドブックに掲載されていないコースや、事を学べる歩こう会に大いに期待しております。

    1. 大塚さんへ
      努力はまだまだ域には程遠く、引き続き御参加頂く会員の皆さんに楽しんで
      、ご満悦の域に近づける様、邁進重ねて参ります。この歩こう会の重責を
      自分のミッションと受け止め、さらに取り組んで行きます。
      いつも大塚さんは薀蓄豊かで、辛口ですが、励みの勉強にも相成ります。
      互いに切磋琢磨頑張って行きたいです。宜しくお願い致します。(古 澤)

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