第219回健康歩こう会8月例会「防衛省市ヶ谷台ツアー」を開催しました。

8月例会は、市ヶ谷台にある防衛省の見学ツアーを企画、開催しました。先の大戦の戦後処理の一つとして「極東国際軍事裁判(東京裁判)」が実施された大講堂や、三島由紀夫事件が発生した総監室(三島由紀夫事件で刀傷のついたドアーが残されています)等、歴史の現場と成った場所を訪れました。

☆ 市ヶ谷は勿論、「もと当社シャープ市ヶ谷ビルが在った場所」ですが、現役当時は仕事に忙殺され、目の当たりにした防衛省すら見学出来ていないのが現実でした。今回はそうした個人では滅多に行けない場所を取り上げて開催し、結果皆さんに大いに喜んで頂けたと思います。

市ヶ谷記念会館 集合写真

☆「防衛省市ヶ谷記念館」
 昭和12年に陸軍士官学校本部として建設。敗戦後は占領軍に接収され、昭和21年から2年間、極東国際軍事裁判の法廷として使われました。平成12年(防衛庁が六本木から移転した時)に現在の場所へ移動。講堂は記念館として復元されました。

開催日時     2018年(平成30年) 8月23日(木)12時30分
■集合場所      JR 総武線  市ヶ谷駅 改札口 、(解散は四ツ谷駅)

来る8月23日(木曜日)、残暑厳しい30度以上の炎天下の中、少しでも日陰場所の最初のコースの、「市谷亀岡(かめがおか)八幡宮」境内下に、37名の多勢の方々が集合しました。
冒頭、柿本会長の挨拶、諸連絡事項、次に有田幹事によるストレッチ体操、コースリーダーの古澤幹事より本日のコース概要の説明並びに「熱中症対策としての細かな水分補給」のお願いを致しました。愈々スタートです。

「今回のコースの順路、見どころ概要説明」

早速、厳しい急勾配の60段の石段に挑戦しました。皆さん頑張って呉れました。

① 先ず、一行は第一番目の「市谷亀岡(かめがおか)八幡宮」に参詣しました。新宿区市ヶ谷八幡町に在る神社です。当神社は太田道灌が文明11年(1479年)、江戸城築城の際に西方の守護神として鎌倉の鶴岡(つるがおか)八幡宮の分霊を祀ったのが始まりで、「鶴岡」に対して亀岡八幡宮と称しました。世は戦国時代の最中で幾度の戦火にさらされ荒廃していったが、江戸時代に入り、三代将軍徳川家光や桂昌院等の信仰を得て、神社が再興されました。江戸時代には市谷八幡宮と称し、境内には茶屋や芝居小屋等も並んで人々が行き交い、例祭は江戸市中でも華やかで大いに賑わいました。その後の変遷があって、1945年には第二次世界大戦の戦火で神木等も焼失。1962年(昭和37年)に現在の社殿が再建されました。500年を超える歴史ある、由緒ある神社として多くの人々に信仰されています。境内石段の左中段には、今をさる一千年余りの昔平安時代に、弘法大師が関東下向の時に開山した「茶ノ木稲荷神社」が鎮座しております。
古来、この地は稲嶺山と呼んで、茶ノ木稲荷神社が在った地内に、市谷亀岡八幡宮を移設されたものです。一行は今回、この機会に参詣して、初めてその神社の成り立ちを理解して呉れました。

急こう配の石段を下って、次の「防衛省市ヶ谷台」に向かいました。5分位で隣の防衛省正門に到着しました。入場に当たっては、全員37名の厳重な身分チェックを受けました。愈々今例会メイン「防衛省市ヶ谷台ツアー」のスタートです。

➁ 「防衛省市ヶ谷台ツアー」
市ヶ谷台とは…、東京都新宿区の市ヶ谷駅西方にある台地の通称。江戸時代には御三家である尾張徳川藩上屋敷(5万坪)がありました。明治から昭和の戦前までは陸軍士官学校が置かれ、多くの陸軍将校・士官候補生を養成しました。2000年(平成12年)には赤坂に在った防衛庁(現防衛省)が移転、現在は防衛省市ヶ谷地区として防衛省庁舎や中央指揮所が置かれる日本の国防の中核と成っています。現在も防衛省市ヶ谷地区見学ツアーに「市ヶ谷台ツアー」の名を冠しておりその名をとどめています。
参考に、敷地は約25ヘクタールあり、自衛官を含め、約1万人の職員が勤務する為に必要な施設が配置されています。戦後の官公庁建設では最大規模です。

※今回は午後の時間帯での見学でした。見学時間は2時間10分、徒歩約1.3Kmのコースです。 防衛省の数名の専門職員によるガイドにて、
.先ずは、儀仗広場に集まって、建物全体の紹介がありました。次に、目指すは
「防衛省市ヶ谷記念館」です。

「防衛省市ヶ谷記念館」市ヶ谷地区内に所在する庁舎や極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷と成った大講堂などを移設・復元した市ヶ谷記念館をご案内している他、午後のツアーでは陸海空各自衛隊の装備品を展示する広報展示室も案内。(見学施設:市ヶ谷記念館、屋外ヘリ展示場、厚生課、広報展示室 )

冒頭、極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷と成った「大講堂」に集まりました。女性ガイドによるビデオ映像を通じて、市ヶ谷台の、江戸から戦中、戦後、現在までの歴史、特に陸軍士官学校があった頃の紹介が詳しくありました。
.戦後行われた極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷、全体的模様等、象徴天皇陛下への各々の御配慮の点等、縷々に亘って詳細の説明がありました。関連の展示物資料の数々も閲覧しました。色々と大変勉強に成りました。

.次に二階へ、「旧陸軍大臣室」、「陛下の休憩所(旧便殿の間)」を見学、詳しく説明有りました。強烈には「三島由紀夫事件」が発生した総監室、事件で刀傷のついたドアーが今も残されていました。
三島事件とは、1970年(昭和45年11月25日)に憲法改正の為に、益田総監を拘束、側近の幕僚らを切りつけ、バルコニーで自衛隊の決起(クーデター)を呼びかけ、その後総監室で三島と盾の会の森田必勝が割腹自殺した衝撃な事件。

. 見学終わってから、市ヶ谷記念館玄関口で集合写真を撮りました。近くの「野外ヘリ展示場」を見学して、少し日陰路を歩いて、次の「厚生棟」に入って、「広報展示室」を見学、主に陸・海・空斯く自衛隊の装備品や様々な展示コーナーを閲覧しました。終了後売店にてひと休憩しました。

・ 最後は正門前の近くまで歩いて、広場にて解散しました。(防衛省のガイドの皆さん、有難う御座いました。)

予定通り午後15時45分終了して、次が最後のコース、「新宿歴史博物館」へ向かいました。相変わらず暑く、熱中にて水分補給を皆さんに呼びかけました。合羽坂下(かっぱざかした)の交差点を渡って津の守坂(つのかみざか)を登って左折、石畳みの路地を辿り、新宿歴史博物館に到着しました。正確に16時に間に合って約40分間、館内見学しました。学芸員の方が説明して呉れました。

③ 「新宿歴史博物館」新宿区は東京都の特別区の一つで、23区西部に区分され、

もとは内藤新宿が由来で、昭和22年(1947年)に今の新宿区が発足しました。
昔、武蔵野の一原野から、今日の新しい都心へと変容した新宿区、新宿歴史博物館は、これら「まちの記憶」を多くの方々と共有し、未来へと継承していくため、展示公開をする施設として、平成元年(1989年)1月に設立されました。

☆ 常設展示のご案内として
・冒頭に新宿区内で発掘された、縄文土器を中心に縷々説明がありました。
・江戸の暮らしと新宿との関わり、中山道宿場町、内藤新宿、武家屋敷、町屋、
新宿の各地域の歴史や生活文化の紹介等。
・文学に見られる新宿との関わり方、新宿に関わった数多くの文学者とその作品、         また新宿を描いた文学作品等の紹介等
・昭和初期の新宿、戦中から戦後・平成に至る新宿の移り変わり等、熱心に説明を頂きました。残りはそれぞれに各人、関心ある展示コーナーを見学、閲覧しました。あらためて新宿の歴史の多岐に亘る勉強に成りました。

予定通りにコースを終了して、解散場所の四ツ谷駅へ向かいました。皆さんお疲れの様です。

四ツ谷駅広場に集まって解散式です。会長より来月9月例会「新旧の魅力ある都市・浦安を散策」のご案内等があって、解散と成りました。

本日は、予想以上に暑く、尚且つ台風20号上陸の不安を抱えた例会と成りましたが、参加の皆さん、頑張って頂きました。有難う御座いました。(感謝です!)

【コース地図】

【ウォーキング】

【懇親会】

以上

健康歩こう会会長  柿本 政昭

〃コースリーダー  古澤 律夫

 

 

 

 

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