第23回「酷暑の夏にビール工場で暑気払い」

第23回遠遊会を8月23日に実施しました。

東京地方は8月に入って21日連続の雨、戻り梅雨の様相で心配されましたが、何と当日は快晴更に35℃越になり標題通り「酷暑」の遠遊会日和となりました。
今回は鶴見にある總持寺に参拝後、生麦のキリンビール横浜工場を見学し、工場出来立てのビールで暑気払いをおこないました。
午前10時にJR鶴見駅に集まった10名は曹洞宗大本山「総持寺」に向かいました。
線路沿いに進むこと10分で参道に到着です。

当初能登国櫛比庄(現在の石川県輪島市)に創建されましたが、1898年(明治31年)に焼失したため、1911年(明治44年)に現在地へ移転しました。永平寺(福井県)と並んで大本山として賑わっています。

境内には多数の堂宇があり、大きな建物が聳えて参拝者を圧倒させていました。16件もの有形文化財があり、 緑の多い境内には暑い夏の日差しを遮る場所も多く近くの幼稚園児が楽しそうに駆けっこをしていました。

しばらく聳え立つ建物を見物しながら、有名な偉人が眠る墓地へと向かいます。今日は昭和の大スター「石原裕次郎さん」の墓前にお参りをしました。

1987年7月17日に亡くなられました、享年53歳。
今年は没後30年に当り石原軍団により盛大な法要が行われ、700人ものファンがつめかけたそうです。
整備されたお墓には綺麗なお花が手向けられており、新しいお塔婆が立てかけられていました。法要の様子がかいま見られました。
片隅にはまき子夫人の直筆の句碑がありました。「美しきものに微笑みを、淋しきものには優しさを、逞しきものには更に力を、全ての友に思い出を、愛するものに永遠を、心の夢覚めることなく。」と。
参加者はそれぞれに手を合わせておりました。

ここには他に、浅田総一郎(財閥、セメント王)、芦田均(第47代総理大臣)、大西龍治郎(神風特攻隊創設者)、隈元有尚(富士山で天体観測・教育学者)等が眠っています。

總持寺を後にした一行は緩やかな坂を下って「東福寺」へ到着。
真言宗のお寺さんで、1087年(寛治元年)創建の古刹です。

境内には、堀河天皇が皇子の誕生を祈願した「子育て観音」(1103年に皇子(後の鳥羽天皇)が誕生しました。)や「いぼとり地蔵堂」、そして入口には「芭蕉の句碑」(観音の夢見やりつ花の雲、1813年作)等がありました。

更に坂を下って「花月園跡」前を通ります。
花月園は大正時代に最盛期を迎えた遊園地で、フランスフォンテンブローの遊園地をモデルに作られ、動物園・噴水・花壇・ブランコ等各種のアトラクションで賑わったそうです。

谷崎潤一郎の小説「痴人の愛」のモデルにもなりましたが、多摩川等近くに遊園地が出来て、衰退し、戦後競輪場で賑わいましたが2010年閉園され、現在はマンションの建設が始まっています。

今日は酷暑。暑い中を歩きましたので少しコースを短縮、電車で「生麦」駅に行き、そこからビール工場まで歩くことにしました。

駅から歩くこと約10分で「ビール工場」に到着です。
この工場は歩こう会でも何度か見学しましたが平日は初めてです。
昨年夏にリニューアルされて見学コース・ビール製造工程、試飲会で約80分、楽しませてくれます。今までと違って随分ビジュアル化されていました。

コースの中に「ビールづくり体験教室」があり、世界でたった一つ、思い出に残る自分だけのビールが作れるのだそうです。会員の中から ”面白そう、やってみようかな”との声も聞かれました。

工場見学の最終はお楽しみの「試飲会」、工場出来立てのビールで乾杯。3種類のビールが楽しめました。

それぞれ「利き酒?(ビール)」を味わいながらの一日でした。
お疲れ様でした「お味は如何でしたか?」

これでウォーキングコースは終りです。
余り歩きませんでしたが、出来立てビールの味が最高でしたね。

この後お隣の建物にあります「ビアポート」にて暑気払い会です。

工場出来立てのビールと美味しいお肉・野菜のジンギスカン料理で
乾杯。至極の時間を過ごしました。
みんなの笑顔が全てですね。あとは語らずです。

約2時間、今年の暑い(?)、寒い(?)夏を思いながらのひと時を楽しく過ごしました。

次回は箱根の人気もの「金時山」に登ります。
眼前に雄大な富士山を望み、名物金時茶屋で昼食。
皆さんで秋の山を楽しみましょう。

 

 

 

 

 

 

第23回「酷暑の夏にビール工場で暑気払い」」への2件のフィードバック

  1. arita 投稿作成者

    柿本様
    總持寺のコメント、ありがとう御座いました。
    ご指摘の通り旧地は「総持寺祖院」として多くの塔宇を持った大きな寺院として存在していると認知しておりました。
    当日の参加者への手元資料には、旧地には「総持寺祖院」がありますと記載しました。
    報告記に言葉足りずの点がありました。内容追記、感謝致します。

    返信
  2. 柿本政昭

    柿本です
    遠遊会の皆さん、いつも参加できない状況が続いていますが申し訳ありません。

    さて、今回のレポートを読ませてもらい、気になる点がありますので、補足説明をさせていただきます。
    能登の総持寺はどうなっているかということです。

    能登にある「総持寺」について説明されていませんが、明治31年に焼失しましたが、大本山が横浜に移った後、地元の人たちにより再建され、「総持寺祖院」と呼ばれています。数多くの「登録有形文化財」や「石川県指定有形文化財」を有しています。小さい時から何度か行っていますが広い伽藍を持っている大きなお寺です。
    平成の合併で、今は「輪島市門前」となっていますが、以前は「鳳至郡(ふげしぐん)門前町」でしたので、私にとっては門前町のほうがわかりやすい状況です。

    余分なことですが、焼失して能登の総持寺はなくなってしまったような印象を受けかねないと思いましたので、コメントさせていただきました。

    返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です