わが愛しの歌謡史

四季酩酊 第112回

酒坊

幼年時代
 大正生まれの母が掃除をしながら「トンコ節」や「ゲイシャワルツ」を陽気に唄っていたのを思い出す。疎開先で祖母と三橋美智也をラジオで聞いた。

少年時代
 音楽の授業で彼女の気を惹くために「河は呼んでいる」を熱唱したが振り向いてくれない。ニキビ面の少年は島倉千代子が好きで「からたち日記」を聴きに江東楽天地へ行き、ファンレターも出した。

青年時代
 文通していた女の子と新入社員研修期間に京都で逢ったが、まもなく失恋。街で若い子の後ろ姿に彼女と見紛い「江梨子」の悲しいフレーズに泣いた。

成年時代
 は~るばるきたぜ~函館へ。漁村の彼女に逢いに行くときは石原裕次郎の「鷲と鷹」を口ずさんで逢いに行ったが、男ができて振られた。毎夜、灯りさざめく松風町へ飲みに出かけ、惚れたホステスと「二人の世界」や「泣かせるぜ」で踊った。ホステスに「網走番外地」のレコードを貰ったりしたが、「ラブユー東京」のように泡は弾けた。結婚披露宴では布施明の「愛の園」を唄いたいほど気分が高揚した。二歳の娘は舌足らずに「真夜中のギター」を唄い、息子は年長さんのお別れ会で「勝手にしやがれ」を帽子を飛ばして唄い大喝采を浴びた。

盛年時代
 若い女と「イミテーションゴールド」のような恋をしたが「あずさ2号」を寂しく唄い、しとやかな女には「硝子坂」を聞かされた。文化放送の歌番組(シャープ提供)で「この愛に生きて」を横浜市民ホールで唄ったが失墜した。母の通夜に伯父が咽喉を抓んで「人生の並木道」を情感籠めて唄い涙した。女子社員が藤圭子の「面影平野」のEPを誕生祝にくれた。盆踊り会場の飛び入りで櫓に登り「舟唄」を唄い出したら子供たちは家に飛んで帰った。

中年時代
 淡谷のり子と交流ができジャンジャンの楽屋口から入り「別れのブルース」を聴いた。息子の彼女にカラオケで「愛しさとせつなさと心強さと」を唄ってもらった。

熟年時代
 カラオケは演歌しか唄えない。聴く方ではフランク永井の「初恋の詩」が心に沁みていい。「北の旅人」「西銀座駅前」「花と蝶」「無錫旅情」など唄っている。

老年時代~
 スナックの止まり木で古女房と「銀座の恋の物語」でもデュエットしようか。

日本人だもん 演歌が好きだもん  酒坊

わが愛しの歌謡史」への2件のフィードバック

  1. 時代時代の歌謡曲が次から次へと出ていて「歌は世につれ世は歌につれ」を地でいっていますね。
    察するに歌のある随分賑やかな家庭だったでしょう?そう思いましたが。
    我が幼少の頃?聴いたりした歌は今でも忘れずに歌う事が有ります―――特に演歌では、夜霧のブルース・九段の母・星の流れに等々。
    歌うのは健康に良いとの事で「カラオケ会」に入っています、だが私的に少しぼやきますと「歌は好きなのですが、歌の方がもう少し好きになって欲しなぁ~といつも思っています。」 今度行きましょうよ!
      カラオケでどうして出ない風呂の声  小結
     
     最後に  人の世に 涙の川があり 苦労の山もある
          その川を渉るとき その山を越えるとき
          歌という友がいるーーーーー、
                       遠藤 実

    1. 小松さん、コメントありがとうございます。
      歌謡曲はいいですね。
      外出時はいつもウオークマンで歌謡曲を聴いています。
      収録は、青江三奈・裕次郎・宇多田ヒカル(藤圭子関係)・クールファイブ・江利チエミ・小椋佳・門倉有希・河島英五・北島三郎・桂銀淑・高田みずえ・ちあきなおみ・ディックミネ・テレサテン・西田佐知子・藤圭子・布施明・フランク永井・水原弘・森進一・八代亜紀・などのアルバムを聴いています。
      カラオケでは選曲でいつも失敗します。
      昔唄えた歌が唄えない。声の老化でしょう。

         川柳も演歌もみんな575  酒坊

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