めがねを誂える

四季酩酊 第132回

酒坊

しゃれたメガネが欲しい、という妻に付き添って、10連休の最終日(私は365連休だが)八王子のちょっと高級な眼鏡屋に出掛けた。

眼鏡の歴史は古い。小学6年で黒板が見づらくなり一番前に席を置かれ、中学でめがねを掛けはじめた。眼鏡に対する黒歴史は枚挙にいとまはない。ちょっと目を閉じて回想する。

学校で行われる検眼は屈辱だった。5メートルの位置で視力表の一番上が判別できない。「はい。前に行って。」目と視力表が1メートルで答える。0.01と言う宣告がなされた。表を暗記したこともあるが、差し棒の先端が見えないのだから無駄だった。笑い話にもならない屈辱である。プールの授業で困った。眼鏡を掛けて飛び込むわけにいかない。

高校の夏休みに、色気づいたのか、憎いメガネとオサラバと、コンタクトレンズを親にねだって作りに行った。出来たのを嵌めると目が痛い。高い金を出して貰ったのに痛すぎて数日で止めた。ハードで厚みもあったが、目の質も弱かったのである。

社会人になっても数えきれない。函館勤務の冬の夜、泥酔して転んでメガネを飛ばした。雪が降っていた。0.01の視力ではだんだん積る新雪に探すのは不可能だった。横浜か川崎勤務の頃、社員の家族たちと海水浴に行った。海を見て、「わあー海だ」とはしゃいで走って行ったら大波が来て、メガネを波にさらわれた。探せるわけがない。車で来ていたので仲間の社員に運転して貰い、帰途についた。この時は長男も一緒だった。

近眼ほど不便なものはない。

妻について行くだけの眼鏡屋であったが、読書用・パソコン用を買ってしまった。それ用もあるにはあったが、見えにくくなっていた。近視と老眼とのバランスが変わっている。特に本の字が読めない。家では裸眼で見ていたが。移動の電車の中で無様な姿を見せたくはない。だから、読書量がめっきり減った。というよりも、皆無に近い。

これからは、本をさくさく読めるのでうきうきしている。

めがねは友達   厄介なともだち   酒坊

2 thoughts on “めがねを誂える

  1. 愛眼者には過去から色々歴史が有りますよね、私も目が悪かったのですが私の家系にはメガネを掛けた者が皆無だったので母親が『メガネを掛けた上に頭が薄くなると嫁の来てがなくなるよ』生んでおきながら無責任な叱咤激励?のお陰で掛けずに頑張りました。ただ勤務以外の時には当時流行りの「度付きサングラス」を愛用していました。その後無事結婚したので仕方なくメガネのお世話に成っています。
    メガネを失くす事三度四度、不思議と出て来ましたね、お店や交番や落とし物コーナーから。でも度が進むし、乱視は入るしで買い替えもし別に老眼鏡も必要になるしです。
    視力検査では私の恥ずかしい笑い話が有ります。 三年前免許更新で警察署での視力検査が有りました。 警察官『 C これは?』私『C(シー)です』警察官『そうじゃなくてこれは O(Oの上が空いていました)』 私『Oの上が欠けてます』。
    ーーー 其の後も面白いやり取りが有りましたーーー視力検査は空いてる部分を右とか上とか下とか言うのですねーーーーこの実際のやり取りを支部報の「今だから言う」に投稿しようかなと思い付きました。後ろで待って居た家内は穴が有ったら入りたかったと帰り際に言っていまいた。
    結局これで何とか更新し頂いた曰く因縁付きの免許証を紛失するという失態を致しました。
    今なら目より認知が大丈夫かな?で更新も?かも分かりませんね。
       お眼鏡にかなった妻とフルムーン  小結

    1. ・お眼鏡にかなった妻とフルムーン  小結

      傑作な川柳にまず嬉しくなりました。
      メガネの物語は悲喜こもごもですね。メガネが無いと何の行動もできない。
      緑内障の手術で眼帯をしたときにはメガネが掛けられず、トイレに行くにも難渋しました。
      小松さんもたくさんの物語を持っているようですから、随想百花に「眼鏡コント集」でも投稿してみたら如何。
      60有余年メガネはお友達ですが、ずいぶんお金も掛かりました。健康保険で何とかなりませんかね。難聴の補聴器には確定申告で還付されますが。近眼も病気だと思うのですが。健眼者との不公平を感じます。

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