青(はる)を嗅ぎにゆく

四季酩酊 第133回

酒坊

6月19日から6日間の予定で凾館に行ってきた。函館を凾館と書くのは僕がいた昭和40年前後には、凾館と言っていたからだ。いつ頃、簡易漢字になったかは定かではないが、僕には凾館に愛着がある。

毎年訪ねるのには理由がある。妻の故郷であり、義妹と義弟に会いに行くためだが、凾館をこよなく愛した僕の青春を嗅ぎに行くのが目的かも知れぬ。妻も義妹らもそれは承知で、自由行動を許してくれる。しかし、毎年行っていればノスタルジァも希薄になってくる。だから、十字街も松風町もぶらつかなくなった。

2日目の木曜日に渡島半島の東南端の恵山に出掛ける。恵山まで50㎞ほど。ホテルに入る前にパークゴルフを予定していた。腹ごしらえをして1時過ぎに「恵山シーサイドパークゴルフ場」に着いた。天気は上々。義妹は毎週のように競技を行っているので、クラブもボールも人数分ある。施設料は一般だと300円だが、凾館市在住で70歳以上であれば無料で一日中プレイができる。海峡・恵山コースを回り、もう一度海峡コースを回って、ホテル「恵風(けいぷ)」に向かった。恵山は活火山で温泉が出る。海岸には、誰でも入れる「水無海浜温泉」がある。
翌日は雨がしとしと降っていた。パークゴルフを諦めて街に戻った。

土曜日に凾館競馬に行く。2年前はオケラだった。リベンジである。凾館で結婚し、住まいは競馬場の近くだったので、ファンファーレの音が部屋まで聞こえてきた。メインの11R「大沼ステークス」だけで良かったのだが、逸る気持ちが4Rに間に合ってしまった。1万円だけ使うつもりだった11Rまで小さな金額で遊んだ。4Rから10Rまで3勝4敗で5,000円ほど凹んでいた。途中で馬場はやや重に変わった。11Rの馬連が当たり、昼食と帰りのタクシー代分だけ勝った。

もはや半世紀前の凾館では無くなっている。梅雨はあるし、クーラーも必要だ。駅前のデパートも無くなり、たくさんあった呑み屋の小路も無くなった。遊んだ店も女の子たちも幻になった。東京に帰ってみると気持ちは来年に向かっている。凾館に青を嗅ぎに...。

青春の彷徨 あれは蜃気楼   酒坊

 

1 thought on “青(はる)を嗅ぎにゆく

  1. 酒坊様
    大変大変ご無沙汰しております。「2016.6.16の北海道新幹線で函館に行く」を拝見し当時を思い出しました。私は、当時特に大変お世話になりました。今は無き五稜郭公園交差点にあった喫茶古城の前でダットサントラックに積んだ大型カラーテレビ1台をボンネットにドン、更に路上にドンと落下させ大失敗しました。積載物落下違反 ! (涙)。落下品を快く修理再生して頂いたのが、文学青年の酒坊様でした。この場をお借りして本当に有難うございました。今現在、関西在住で月に2回、近畿自動車道走行でシャープ八尾工場を横目に見ながら、昔を思い出す事しばしばです。片山さん、原子さん、鈴木さん、深野さんはどうしているのでしょうか。どうぞ文学とお酒で楽しい人生を。感謝。

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