たかが川柳されど川柳

四季酩酊 第135回

酒坊

川柳は学校で習わない、教えない。俳句は教科書に載っていて、芭蕉だ一茶だと馴染みがあるが川柳は昨今の「サラ川(サラリーマン川柳)」やテレビの「ペケポン」で市民権を得たほどの知名度だ。

・まだ寝てる 帰ってみれば もう寝てる
・うちの嫁 後ろ姿は フナッシー

まあ、10年前の私もこれが川柳だと思っていたのが、社友会に川柳同好会「とうりゅう会」が発足した。川柳なんか何も知らないのに会長になったので、近くの川柳結社に入り句会に参加し、川柳大会に参加し、Amazonで川柳の本を求めて学んだ。

初代柄井川柳から現在の16代尾藤川柳までに260年の歴史がある。4代目川柳から本道を外れた。「川柳」が「誹風狂句」になり、「柳風狂句」と名を変え、いわゆるバレ句と言われる駄洒落や下品な川柳が100年続いた。「狂句百年」の川柳の負債だ。この辺が俳句との雲泥の差になった。明治後半になり、剣花坊と久良伎が旗手となり、古川柳を踏まえながら「新川柳」を唱え、大正に入って6巨頭が活躍する。

・雨ぞ降る渋谷新宿孤独あり      三太郎
・二合では多いと二合飲んで寝る  周魚
・ぬぎすててうちが一番よいという   水府
・子の便り前田雀郎様とあり     雀郎
・電熱器にこっと笑うようにつき    紋太
・俺に似よ俺に似るなと子を思ひ   路郎

かの小説家吉川英治も同時代に川柳をやっていた。雉子郎(きじろう)の名で「貧しさもあまりの果は笑ひ合ひ」などと詠んでいる。溯れば、葛飾北斎も188句もの川柳を残している。「八の字のふんばり強し 夏の富士」北斎はバレ句(下ネタ)が多かったらしい。

さて酒坊の川柳は試行錯誤の連続である。年を追ってみる。

・言の葉を紡ぎいのちを謳いあげ   (2009年)
・デジタルが映らぬテレビただの箱  (2010年)
・陸橋で釣り糸垂れるソクラテス     (2011年)
・病気だと認識できぬ母に鈴       (2012年)
・人間って良いものだなあ晩ごはん   (2013年)
・熟練の腕に五感が加担する     (2014年)
・老人は下流に生きて好景気     (2015年)
・人生をおもろかったで終わりたい  (2016年)
・不甲斐無い自分の影を蹴り続け   (2017年)
・行間に痺れるほどの愛を読む     (2018年)
・七十代まだ窯変を疑わぬ       (2019年)

以上が変遷の句である。これらは幸いにも川柳大会で特選を戴いた句である。次第にのめり込み川柳バカになった。今、参加している川柳結社は、同人2、誌友2、勉強会2で忙しい。200人の大会で自分の句が披講されるゾクゾク感も自己陶酔で刺激がある。この高揚感は老人にとって大事だ。私にとっての川柳仲間は40年過ごした企業の仲間以上に心の交流がある。現役時代の話は皆無、東大出の人もいるが学歴は無視。勿論文芸に学歴はナンセンスだ。ただ文芸の趣味で競い合っているのが楽しい。

机上で作る川柳は「作り物」だ。言葉に執着しすぎる。小説は夜に書いていたが、川柳の傑作は夜には生れない。犬の散歩や電車移動の時に生れる。歩きスマホでなく、歩き川柳である。私の川柳は、17音字の中に物語を作ることである。
川柳という文芸に逢えてよかった。

『川柳は私の恋人、私の目標、私の生命。絶海の孤島に放り出されようと、私の心の在る限り私の川柳は存在する。(時実新子)』

一句の中に一篇の私小説   酒坊

2 thoughts on “たかが川柳されど川柳

  1. 酒坊さん(上原氏)を川柳の師として後方から見さしてもらうと『文芸は人生の一部です』とあの長嶋さんの『野球は人生の一部です』に通じるものがありますね。
    文中で十一の変遷句の中で生意気にも一句を選ばして頂けるなら2013年の句になります、やはり人を詠み話し言葉ですぐに伝わって来ます「人間って良いものだな晩ごはん」どこにでもある風景を川柳的に〇軽み・うがち・おかしみが隠されているように感じます。
    [とうりゅう会]の長として対外を含めて益々のご活躍を願っています。
     先日の「プレミア12」野球世界大会の日韓戦での優勝 戦前日の10対8の一戦を観て
      「日韓で野球もどきを長時間」   小松 小結

    1. 小松さん「たかが川柳されど川柳」読んでいただきありがとうございます。深い意味もなく川柳を始めたのに、いつのまにか「川柳の虜」になってしまった。蜘蛛の巣に嵌ったような感じです。人間の何気ない日常を詠うだけなのに、こんなに魅力がある。
      小松さんが選んでくださった「人間って良いものだなあ晩ごはん」川柳界の重鎮である、森中恵美子さんがNHKで大賞に選んでくれた句です。この1句で川柳界にたくさんの知己を得ることもできました。記憶に残る句です。
      ・・・とうりゅう会発足から会長職を与えられたお蔭で、誰よりも勉強しなければ、の気持ちが成長させてくれたのだと感謝しています。

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