免許を納めにコロナの中を行く

四季酩酊 第140回

終活への道 ②

酒坊

運転免許の自主返納に「府中運転免許試験場」へ出かけた。「家に居ろ。外出するな」と国や都に喧しく言われているが、免許の有効期限が5月5日で切れる。その日までに手続きをしなければ失効扱いで自主返納にならない。

コロナに感染して無惨な死に方はしたくなかったが已むを得ず電車に乗った。実に2カ月振りである。10時37分のJR八高線の乗客は14名で、ゆうに2mは離れて座れた。いつもは押ボタンで扉の開閉が行われるが、感染予防なのか自動になっていた。八王子駅で中央線の快速に乗り換える。一車両の乗客は8人だった。窓の上部が開いていて、気持ち良い風が車内を通り過ぎる。

武蔵小金井駅でバスに乗り試験場に着く。入口に消毒液が置いてある。講習会は中止になり更新ができないので、がらんとしている。それでも担当の出勤人員を抑制しているのか、1時間ほどかかった。何の感慨もなく事務的に終わった。

昭和37年(1962年)3月、早川電機工業株式会社に入社した私は、西田辺の本社で2カ月間の新入社員研修を受けた。研修が終わると毎日、都島自動車教習所に通った。運転実習は夜間、試験は昼だったので戸惑ったことを覚えている。〇〇課長は車庫入れに後輪を脱輪したのに合格した。のん気な時代だった。受験した40余名全員が合格した。最初の交付は昭和37年4月28日とある。丸58年、還暦に近い年月、車のお世話になった。

東京支店外勤サービス課に配属されたが、車は使わせてもらえず徒歩で、文京・新宿・千代田・台東区を担当した。アルミのサービス鞄を右手にブラウン管を左手にユーザー宅に出向いたこともある。日本橋のデパートの地下にあった台秤で鞄を載せると、11㎏もあった。仕事帰りに屋台で一杯やったりして鬱憤を晴らしていたが、12月になってサービスカーを与えられた。

よくエンジントラブルを起こす箱型のダットサンだった。黄色の車体に大きくシャープマークがあったが嬉しかった。記憶に残っているのは、皇居の前でエンストを起こし、クランクでエンジンを掛けたこともある。翌年、凾館に転勤になり、車にまつわる思い出は尽きないが割愛する。

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