シャープスペースタウン物語  スペースタウンカード編  2000年

4049 橋爪静夫


   読者の皆さんはシャープスペースタウン(SST)カードをお持ちの方が多いと思います。海外・国内旅行傷害保険や空港ラウンジ利用など数々の特典に加え、ゴールドカードながら年会費無料のカード誕生のお話です。
  1999年3月10日準備が整い、シャープスペースタウンサービスが開始された。
「アイ・ゲッティ編」で、シャープスペースタウン誕生のいきさつについて書いたが、「ザウルス」の液晶画面(3~5インチ)サイズで観られるポータルサイトに仕上げた。
事業というからには、収入が無くてはならない。インターネット接続サービスはともかく、コンテンツの販売をしなければならないが、スタート時点ではこの代金決済の仕組みが固まってはいなかった。1コンテンツ何百円のものを、しかも個人に対して売上を立てる仕組みはメーカーには無い。
結局、クレジットカード決済のみ受付けることになるのだが、他の選択肢も模索した。そのなかで、WEB上で管理するプリペイド方式の決済システムがあるのを知り、都内にある会社を訪ねた。
「電子財布」と呼ばれ、カードの表面の一部に塗りつぶされた暗号をコインでこすり、これを指定されたサイトに入力すると、残高が表示され、購入商品の代金決済に使うというものだったが問題がある。草創期でカードを売っている「お店」が都内に限られ、取扱い店が少ないためにザウルスユーザーの手に入らないのだ。現在では仮想通貨や電子決済の仕組みが進んでキャッシュレスの時代になりつつあるが当時は環境が整わず断念したが、その後イベントの体験キャンペーンなどで活用した。
 そんな或る日、前年渋谷109広場でスペースタウンデビューイベントを開催した折、来場して名刺交換した「富士銀クレジット(当時)」の執行役員M氏が、ふらりと西田辺の本社に現れた。
実家が歩いて5分ほどの近所だということで、アポ無しの来社だったが、銀行マンらしからぬタイプのこのM氏と意気投合してやがてシャープスペースタウンクレジットカード「SSTカード」発行に漕ぎ着けることになる。
後で解かったことだが、M氏の狙いはコーポレートカードと言われるシャープグループ社員に持たせるメインカードにあったが、そうとは知らず兎も角ザウルスユーザーに普及させようと量販店の店頭で募集活動を始めた。
ところが、量販店では自社カードや提携カードをお客に勧めるから一向に普及しない。「募手=ぼて」と言われるクレジット会社から取扱店に支払う報奨金を吊り上げてみたが余り効果が無く半年経っても1,000件に届かなかった。
「募手」は1件につき数千円取扱店に支払うが、私の組織にも入るようにしていたので(事業主体者のピンハネ)発行数が増えれば収入も大きく、しかもカード利用額の一部がインセンティブとして入るから期待したが不発に終わるかと思われた。
 折しも金融業界ではメガバングの再編のニュースが流れていて、富士銀行は第一勧銀、日本興業銀行と合併に向けて準備していた時期だ。かの富士銀クレジットも第一勧銀傘下の「UCカード」との合併話が進んでいた。規模ではUCの方が大きく吸収の形になるから幹部は新会社に残れるかどうか分からない。
M氏が勝負に打って出てきた。コーポレートカードを進め、全従業員に持たせるための条件を提示してきた。これが冒頭のゴールドカードで、定年を迎えるまで年会費無料という条件を定年後も無料にせよという私の要求も折衝の末に呑んでくれた。
更に私の組織だけでは一挙に進められないのでSEH(当時)の力を借りるため「募手」の値上げも承諾したのだ。(新会社に残れないと察して先のことを考えずに半ばやけくそだった)
こうしてSEHに推進体制ができ、短期間に2万人を超えるカードとなり、数千万円の「募手」がSEHに支払われたが、この時窓口をしたのがアイゲッティ編で書いた、私と一緒に仕事をしていてバラバラに散った仲間の一人のK氏だった。
 読者の皆さん、お手持ちの「SSTゴールドカード」の裏側をご覧あれ。そこには「Sharp Space Town」と刻印があるはずです。
生涯、年会費無料のカードを今も重宝して利用して下さっていたら創設者冥利に尽きます。

シャープスペースタウン物語  スペースタウンカード編  2000年 への2件のコメント

  1. 成田征二

    それは知らなかったですね。 知ってたら絶対会員になっていたのに、残念です。
    これからはカード社会になることが確実になっているので、年会費なしのゴールドカードはうらやましい限りです。
    シャープスペースタウンという、コンテンツの社会はシャープにはなじまなっ方のかな? 
    ソフトバンク(孫 社長)の成長を見るにつけ、残念でなりませんね。 

    返信

    1. 橋爪静夫

      成田さん SSTカードをつくったのが19年前でしたからご卒業の時期だったかもしれませんね。当時国内営業本部傘下組織に在籍していた方は殆んどカードをお持ちのはずです。またスペースタウンというコンテンツビジネス上に会社製品を結び付ける発想が全社にあったら、製品の広がりと発展がもっとあったと思います。

      返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL