今だから話す「海外招待旅行」編

1313 成田征二


1972年に勃発した「電卓戦争」に代表されるように、当時の事務機業界は、「事務機の三種の神器」と言われた、電卓・複写機・キャッシュレジスターのメーカー間の競争は熾烈を極め、販売網の奪い合いが繰りひろげられていました。

電卓のC社、複写機のR社、レジスタのN社 等々、有力なライバル社が次々と打ち出したのが、ディーラーに対する「海外招待旅行」でした。
我が社は、技術で対抗しようと努力しますが、やはり海外旅行の魅力には勝てず、やむなく我が社も「海外招待旅行」を打ち出したく、いろいろな企画をしました。
ところが我が社には、飛行機による団体招待旅行は禁止という法律があり、この難関を如何に突破するかが問題です。
当時の産機営業本部長の「戸部常務」は、この招待旅行は必要悪と認められ、次の作戦を取られたのです。

先ずは、招待旅行を企画した現地から稟議書を提出させ、この稟議書に決裁の印を押し、ロッカーに保管します。若し無事に旅行を終え帰国したら、その稟議書は破棄する。万一何らかの事故があった場合は、戸部常務が責任を取る。(幸い事故は皆無でした)と言った思い切った施策を取られ、結局、我が社は事務機業界で大きな占有率を持つに至りました。
このことは、当時は絶対に口外できぬことでしたが、戸部常務の下で企画担当を仰せつかっていた、私の大きな思い出です

今だから話す「海外招待旅行」編 への1件のコメント

  1. 4049 橋爪静夫

    コンペット10台仕入れたら韓国や台湾旅行にご招待でしたね。裏にご苦労があったとは知りませんでした。

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