4049 橋爪 静夫
「誰でも・何処でも・何時でも」が合言葉だった。「新情報携帯ツール」デビューに向けて開発が始まったのは、前衛モデル「PV-F1」が啼かず飛ばずに終わり、生産ストップを余儀なくされた頃だった。
大ヒットした「電子手帳」を作り出したこの事業部では、「高密度実装技術」があり、「軽薄短小」は得意技だから、「PV-F1」をベースに小型化の目標設定を始めた。のちに、「三つの1/2と三つの2倍」と名づけた、重さ・体積・価格や演算スピードなど前衛モデルの反省点からスタートした。本部内にあるデザインセンターから、「モックアップモデル」が何案か出され、ハードスペック・内蔵アプリなどを商品企画会議で議論する。
これと並行して、技術陣が各種の設計に基づき、目標規格に収まるよう部品の調達やソフトウェアの組み込みテストを重ねる。
こうしてある程度目処が立った時点で、本部で行われる「企画決定会議」に上程されるが、この時点で国内専用モデルなら「国内営業本部」など外部の部門からも責任者が参加して審議をするのだ。
企画決定の時点で、どういうデビューをさせるのかのランク付けも決まるが、この商品は大々的にPRする「STM戦略商品」にすることになった。
「STM戦略商品」とは、シャープトータルマーケティングの略称で、指定されるとTVCMも投入されるから、効果も大きく、大量販売が期待できる代わりに、「上納金」を要求される。売価(価格体系)は企画決定段階で決められるから、「上納金」を捻出するためは、開発コスト(製造コスト)を計画より更に下げなければならない。
コストダウンには色々な手段があるが、中でも大きいのは、無形固定資産の償却費で、生産計画を増やせば当然1台あたりの負荷が下がるから、営業の私に販売計画の見直しを迫る。販売期間を延ばせばよいのだが、それでは次期モデルまでのサイクルが長くなり、持たないので、「えいや」の世界で承認するしかない。
部品コストダウンも壮絶で、最後にはキャビネットを「塗り」と言われる塗装も辞めて「生地」のまま造る事にしたが、材価感が大きく劣るとデザイン部門からクレームが出たがコスト優先と押し通した。
そんな中で商品の「名称」を決める場面があった。宣伝部・総合デザイン本部・生活ソフトセンター・事業部・私のところなどから「候補」が出され、その中から「ペン」で操作する「コンピュータ」で『ペンコム』に絞られ、ちょうどその頃、電子機器事業本部のビデオカメラ『液晶ビューカム』がヒットしていたので、最終的に『液晶ペンコム』に決まり、これに沿って宣伝部と一緒になって「カタログ」デザインを進めていたところ、事業部長から「待った」が掛かった。事業部で推していて落選した『ザウルス』の名前が捨てきれないと言う。訳を聞くと、どうやらもっと上の”声”のようだった。一旦『液晶ペンコム』と決めた国内営業本部長である「K副社長」にもメンツがある。生産事業本部に乗り込んだところ、会議室には、生産事業を統轄する「A副社長」が待ち受けていた。
長く続いた議論の末、「K副社長」が両案を採用して商品カテゴリーを『液晶ペンコム』、ニックネーム(愛称)を『ザウルス』とする折衷案で決着した。上席の「A副社長」のメンツを立てるために一歩譲ったのだ。こうしてカタログには二つの名前が併記され、デビューしたが、ユーザーは『ザウルス』の方を支持し、「ペンコムレディ」という女性インストラクターの組織も『ザウルスレディ』と呼ばれるようになり『液晶ペンコム』の名は消えていった。
デビューが近づき、TVCMの案が宣伝部から幾つか用意され、恒例となっていた「辻社長ご確認」の頃だった。社長室から呼び出しがあり、社長が商品を見たいと言って来た。私と「H副事業部長」「M企画部副参事」の三人で、未完成の配線が表に出ている代物を持参して社長室に入った。
最初にビジネスマンの使用シーンを想定したプレゼンを私が行なったあと、「M副参事」が社長にデモを始めたが、直ぐに頭を傾げ、『君は技術屋か?』と聞かれ、『いいえ、企画担当です』と答えた。
暫く続けたが益々頭を傾げるばかり。予定時間が過ぎ、秘書が入ってきて、次のスケジュールを告げた時、社長は直ぐに戻るから待機しているよう告げ居室を出て行った。30分ほどして戻ると続きが始まったが、「H副事業部長」に向かって、『お前は嘘つきだ「何時でも」「何処でも」までは解るが、「誰でも」と言ったのに、私には使えない』と言って拗ねてしまった。それから延々と時間が過ぎ、来客が2件あったが、秘書に待たすように告げ、開放されたのは2時間以上後だった。
この社長室での缶詰は、我々の既成概念で操作手順を決め付けていたものに対し、社長はもっとユーザー目線で考え、「機械オンチ」でも使える『道具』として、ユーザーインターフェイスを改善するよう求めたのだ。
現在の「スマートフォン」はユーザーインターフェイスが実にスムースになっているが、この時「スマートフォン」に近い操作性だったら、社長も納得していたと思う。
