文学青年私記 ⑭

四季酩酊 第94回

 茅ヶ崎時代(弐) 葉山御用邸放火事件

                 酒坊

天皇家のテレビは代々シャープである。葉山御用邸も例外ではない。茅ヶ崎営業所が管轄で、陛下がご静養になられる前に宮内庁から支店の総務に連絡がある。その指示に従ってサービスの責任者がテレビの調整に伺う。御用邸は広い。テレビのある居間までは、車寄せから200m近く廊下を歩かなければならない。途中の開け放たれた%e8%91%89%e5%b1%b1%e5%be%a1%e7%94%a8%e9%82%b8%e5%9c%b0%e5%9b%b3部屋を覗くと調度品は古くて質素だった。1971年(昭和46年)1月27日、午後10時25分頃、御用邸が火事にあい全焼した。本社から問い合わせが来た。「テレビからの失火じゃないだろうね」その時、御用邸にテレビはなかった。カラーテレビを入れ替える数日前だったからだ。2月5日に放火犯が自首して落着した。御用邸が全焼したが、すぐそばには大正天皇が崩御した付属邸(現:しおさい公園)がありテレビはそこに納めた。テレビはリースで、期限が切れたのを買い取って我が家の茶の間に来た。ちゃっかりと「天皇のテレビ」という作品にした。

岡山で電子レンジ感電死事件が起き、シャープのサービスマンが過失で取り調べられた。食堂の業務用レンジに家庭用の部品を付けたために従業員?が感電死した。100Vと200Vの見分けが、パッケージでも部品でも見分けがつかぬほど類似していたからだが、裁判でサービスマンが有罪になった。「蛙の面」(85枚)を書き上げた。

会社の発展で茅ヶ崎と小田原の営業所を併合して、平塚市に湘南ビルを建てた。小田原のKさんが責任者になり、私は横浜に引き取られた。Kさんは道南の出身で年齢も同じで気もあっていた。今も、ボウリング同好会で汗を流している。

転勤したての頃、テレビのクイズ番組に出た。クイズ番組が好きだった。それはTBSの昼の「ベルトクイズQ&Q」という番組だった。5人抜くか100点になれば100万円挑戦権と副賞にハワイが付いていた。予選も通り本番は11月2日、生番組だったが翌3日は文化の日で2日分の取溜めだった。%e3%83%99%e3%83%ab%e3%83%88%e3%82%af%e3%82%a4%e3%82%ba%ef%bd%91%ef%bc%86%ef%bd%91-3

パフで軽く顔を叩かれ、いざ出陣。難なく一人を抜いて60点になった。2番手の女子大生に20点を掛け80点になった。博打に弱いのも忘れ、あと20点で100万円だ、ハワイだと浮かれ負けた。(写真)取り戻そうと40点を掛けて勝負に出たが討ち死にした。ちょっと我慢すれば次の問題「たい焼き屋を始めた直木賞作家は誰?」深沢七郎は難なく答えられたのに。

翌日、家族でテレビを見た。3歳の娘が画面に映る父と横にいる父を不思議そうに見比べていた。

クイズ番組女子大生に涙する  酒坊