四季酩酊 第97回
横浜時代(三) アンデパンダン展
酒坊
小説や詩を書くのも好きだったが、石や板を彫るのも好きだった。年賀状は多色刷りの木版画だった。たまたま、無鑑査・無褒賞・自由出品の美術展があるのを知って、年賀はがきを装丁して「二人」「夢の中」を出してみた。「夢の中」が新聞のコラムに載った。それを契機に次の年も「神奈川芸術祭 神奈川版画アンデパンダン展」に出すことになる。開催場所は「神奈川県立県民ギャラリー」で、晩秋に開催された。
1977年(昭和52年・34歳)第3回から1979年(昭和54年・36歳)第5回まで、3年連続して木版画を出展した。第4回の時に私としては大作の「戸隠・奥社参道」(59㎝×30㎝)と「虜(とりこ)」(13㎝×35㎝)を出展したが「虜」が思わぬ結果をもたらした。
現役の女子大生Kさんから売って欲しいと電話があった。彼女はギャラリーでアルバイトをしていた。値段の付けようのない私は額縁の原価を提示して、売った。横浜の自宅の茶室に飾ると言った。色物を掲げてもいい茶室だともつけ加えた。「虜」は一枚板で着色をしている。棟方志功を真似たものだ。
第4回には「青眼鑑真」(30㎝×60㎝)「葵上」(20㎝×33㎝)を出展したが、これ以来、版画を摺ることがなくなった。版画も大変な作業だ。20代の頃は最高で13色の作品を作った。13枚の版木を彫るのは楽しいが、摺りを始めたらその日の内にやらねばならない。和紙は温度湿度に敏感で伸び縮みをする。日を置くと色ずれを起こすので、徹夜でもして仕上げねばならない。
もうその執念はない。ただ、扁額を彫るための大きな板は買ってある。果たしてノミを振るう時が来るだろうか。
※ アンデパンダン展(-てん、仏:salon des artistes indépendants)は、フランスのパリで1884年以降開催されている無鑑査・無褒賞・自由出品の美術展の名称。サロン・デ・ザルティスト・ザンデパンダンやサロン・デ・ザンデパンダンとも呼ばれている。また各国にも影響を与えており、同じアンデパンダンの名を冠し、パリの同展の形態を理想とした独自の展覧会が日本でも開催されている。






