四季酩酊 第71回
酒坊
太宰治の次女、津島佑子さんが2月18日に肺がんで亡くなった。68歳。喪主は長女香以(かい)さん。純文学畑なので余り知られていないかも知れない。簡単に紹介する。

1947年3月30日、東京三鷹で父太宰治(津島修治)と母美知子の次女として生まれる。(本名・里子)姉と兄がいる。翌年6月、太宰は自死。さらに知的障害の兄が12歳で亡くなった。この体験も後の小説執筆に影響される。
白百合女子大学英文科の在学中に同人雑誌「文藝首都」に参加し、69年22歳で「レクイエム」でデビューした。72年「狐を孕む」が芥川賞候補になり、翌年の上期に「壜のなかの子ども」下期に「火屋」と続けて候補になったが受賞は叶わなかった。太宰が佐藤春夫に哀願した芥川賞は又もや葬られた。
70年結婚、72年長女出産、離婚の後に他の男性との間に76年長男を出産するも85年に早逝する。長男の死は「夜の光に追われて」で昇華する。これらの体験をもとに「光の領分」「寵児」などの、自立した女性の生き方を描く小説を発表する。
文学賞の受賞作品に「葎の母」「草の臥所」「黙市」「真昼へ」「風よ、空駆ける風よ」 「火の山-山猿記」「笑いオオカミ」「ナラ・レポート」「黄金の夢の歌」などがある。
私は「寵児」「謝肉祭」「火の山-山猿記」(この作品はNHK連続テレビ小説『純情きらり』の原案で宮崎あおい主演)などを読んだが余り記憶に無い。

太宰は死の一か月前に発表した「桜桃」という作品の中で、「私のところの子供たちは、皆まだひどく幼い。長女は七歳、長男は四歳、次女は一歳である。・・・」この短編は実の子供にとってやり切れぬ私小説だ。「私にとって親は母だけ」という子供の心情も判る。挙句の果てに父は母ではない女との情死である。
津島佑子と同年の11月12日にはもう一人太宰の娘が誕生している。「斜陽の子」と言われた太田治子で、同じく作家でもある。太宰は翌年に愛人と玉川上水で入水心中しているので、二人の娘に父の面影が無いのは当然である。しかし、二人とも母親よりも太宰の顔に似ているとは酷である。
青春を太宰に曳かれ夜の街 酒坊