第299回「横浜根岸森林公園散策と レトロ商店街の探検」を実施しました。

横浜南部の横浜根岸森林公園(旧根岸競馬場跡地)で昼食を楽しんだ後、
中華義荘を見学して横浜でも名所のレトロな商店街を冷やかしながら探検しました。

実施日:2026年4月18日
天 候:晴れ、気温22度
参加者:20名(懇親会参加者 10名)
春晴れの爽やかな天気に恵まれ参加者は集合場所のJR根岸駅に集まりはじめました。が、ここへ「京浜東北線・根岸線が止まっています。」の情報が入りました。
根岸駅に来る唯一の路線が動かない! 一瞬緊張が走り、対策を考えました。
2、3人の参加者が巻き込まれましたが、再開の報もありましたので開始時間を
遅らせて到着を待ちました。約20分遅れての開始となりました。
初めに、開会に当たり会長よりお話がありました。




昨年は、天気の関係で3回も例会を直前に中止したことなど昨年度の反省をしました。そして2025年度の皆勤賞(6名)、精勤賞(7名)の表彰があり労をねぎらいました。
続いて2025年度の活動報告・会計報告・2026年度活動計画・2025年度の参加状況の報告があり、今後の課題として「例会への参加者の増」があるとして現在「おしどりキャンペーン」を実施しております。是非奥さま、ご家族を誘って参加しましょうとのお話がありました。
集合の「根岸駅」は横浜駅~大船駅間の「根岸線」内にある駅ですが、横浜駅以北が「京浜東北線」と呼ばれている為、多くの方が京浜東北線の駅と誤解されており、参加者の方から分かり難いと問い合わせを頂きました。鉄道路線の延長には
地域や関わる自治体の思惑もあって疑問点が多くありますね。
横浜根岸森林公園散策とレトロ商店街の探検のお手元資料-1.pdf
根岸森林公園散策地図-1.pdf








1名の方が更に遅れるとの情報で、途中で合流して貰うことにして、リーダーから今日のコースの説明があり、一行は出発です。
まず目的地の「根岸森林公園」を目指します。根岸森林公園一帯は横浜山手の「みなとが見える丘公園」付近から続く稜線に位置しており、駅付近の海抜約2~4m
から一気に登り、海抜約50mの根岸台地となっています。九折の階段が続き、スローペースを心掛けましたが、参加者にはちょっときつかった様でした。
スタートしたばかりの急登で堪えたよ、の声に元気な幹事、反省しています。








坂の途中にユーミンの聖地と言われる老舗洋食レストラン「ドルフィン」が見えて来ました。女子高生だった「荒井由実」は八王子から一人で通い、ランチタイムの情景を「海を見ていた午後」としては発表し、以後シンガーソングライターとして活躍することになりました。歌詞の「ソーダ水の中を貨物船が通る」はこの店からの情景を歌っています。”我々の青春歌謡だね”、と言ってる声も聞こえました。








坂を登りきると目の前に「FIRE STATION」と赤字で書かれた建物が見えて来ました。米軍住宅地を火災から守る消防署です。終戦後から現在も根岸地区の一部は米軍の住宅地として接取されています。今は住人は居ませんが何軒かの建屋が残っています。
(3/13付けの新聞に「今年6月末までに全面返還される」との記事が出ています。)
そして「根岸森林公園」へ到着しました。
日本初の本格的な洋式競馬場「根岸競馬場」の跡地に整備された公園で自然の丘陵を活かした広大な芝生広場があります。早春には「梅林」、春には「桜」と横浜では名所となっており、土曜日のこの日は家族ずれで賑わっていました。
(幹事が下見した時には梅が満開(3月上旬)、桜も満開(4月上旬)でした。)












緑の芝生や元気な子供達の姿を追いながら日陰に陣取って持参のお弁当を開き
ました。ここで遅れておりました参加者1名も合流し全員20名が揃いました。












昼食後暫く腹ごなしに簡単なアトラクションを楽しみました。
一つは「大豆運び」です。25粒の大豆を箸を使って別のお椀に移します。
手先の運動と集中力と忍耐力が試されます。手こずる人も居れば順調に運べた人、
認知症対策に良い作業でした。自宅でも皆さんやって下さいね。
















もう一つは、「ダーツ」です。的に向かって矢を投げつけますが、意外に難しく、
この大きな的まで届かなかったり、丸い円盤を外したり、真ん中に当てるのは至難の業でした。
ちょっと一休み。公園には沢山の花々が春を謳歌していました。ご鑑賞下さい。
















次に、今回の見どころの一つ「旧根岸競馬場一等馬見所」に向かいました。
1859年横浜開港以降多くの外国人が横浜に住む様になりました。彼らは自国の生活習慣や生活道具、資材等を持ち込みました。今も関内や山手、桜木町方面には
「初の○○」「日本初の○○」等たくさんの碑石があって、往時を偲ばせています。
その中に外国人から要望の強かった本格的な洋風「競馬場」もあり、元町、中華街と変遷し、横浜山手地区とも地続きの根岸の丘に建設されました。
















今は往時の「旧根岸競馬場一等馬見所」がその雄姿を見せ、往時を偲ばせます。
手前の広場にある多数の柱には設計者米人建築家モーガンが残した競馬場の設計図や当時の観覧席、設備などの写真が飾られており、当時の雅な様子が伺えます。
当時としては先進的な鉄筋コンクリート構造で、エレベーターを備えた「東洋一」
と称された日本初の洋式競馬場だった様です。
















集合写真を撮って、次の目的地「中華義荘」へと向かいました。
横浜開港後、外国人の人口も増え、外国人のご遺体は山手の外国人墓地に埋葬されました。その中でも漢字圏という共通性もあって「通弁(通訳者)」として来日者が多かった中国人からの強い要望もあり、別の国有地を貸与され中国人専用の「中華義荘」が作られました。建設当時は、ご遺体を本国へ送還するまでの仮埋葬場でしたが、死者も増え、大正時代になると横浜生まれの華僑も増えて、横浜が故郷である人にとってはここが永眠の場所となって、帰葬という習慣も薄れ、この地に埋葬され、墓地が作られました。












境内には、「地蔵王菩薩坐像及び厨子」を祀る霊廟として「地蔵王廟」があり、
中庭を中心に建物を前後に並べて取り囲む、広東や台湾に多く見られ、明治中期居留地時代の建築状況を示す貴重な建物として、横浜市指定有形文化財に指定されています。
中華義荘を後に少し坂を上って尾根筋のバス通りに出ました。傍の公園で一休み。
そして狸好きの絵師が大きな狸の置物を置いていたという「狸坂」を下ります。
下った先中村川の傍に「桂歌丸」が寄席に出ていた「三吉演芸場」があります。今は、ミニショー、芝居、歌謡ショーなど3部構成で一般大衆に人気があるそうです。




信号の先に最後の目的地「横浜橋通商店街」が見えて来ました。
1928年(昭和3年)地域に密着した商店街として始り、100年近い歴史のある
商店街で西区の「興福寺松原商店街」、神奈川区の「六角橋商店街」と並び横浜の
3大商店街と言われています。
横浜橋通商店街は、約350mに及ぶアーケード内に130店舗が軒を連ね、新鮮食品を扱う八百屋や肉屋、魚屋をはじめ惣菜店や飲食店があり、また東南アジアや中国など海外の珍しい食材も楽しませてくれます。魅力は、リーズナブルな価格で新鮮な食材購入が出来て、お店の趣が昭和の時代にタイムスリップしたかの様な情緒を感じました。












横浜橋通商店街を探検後、信号先の大通り公園で解散式を行いました。




今回は、ややアップダウンがあって皆さんにはご負担をお掛けしましたが、ゆっくりなペースを取ったり、気持ちの良い屋外でのんびりな昼食とアトラクッションなど楽しめました。何より全員で無事完歩出来ましたことお礼申し上げます。
懇親会は伊勢佐木町の中華料理店で開催しました。(参加者10名)
伊勢佐木町通りには「伊勢佐木町ブルース」の青江三奈さんの記念碑と楽譜のレリーフがありました。ボタンを押すと懐かしの歌声が聞こえて来ました。
「アンアン、ドゥドゥビ ジュビドゥヴァ、」と懐かしく口ずさむ人も居ました。




















来月は5/16日(土) 「川崎生田緑地 古民家探訪と宙の散歩」です。。。
300回記念例会です、記念品をご用意しました。
貴方の村の、私の実家の昔なつかしい古民家があるかも?
ガイドさんのお話を楽しみにしています。
そして今の忙しい毎日、ゆっくりと夜空を見ることはありますか?
素晴らしいプラネタリウムで五月の夜空を眺めてみましょう!
ご家族お誘いの上ご参加下さい。幹事一同お待ちしております。
例会報告:有田知義
写真提供:柿本政昭
:辻井 勝
:伊東哲也
:迎居健一
:有田知義


6665 山村 伸明です。
スタッフのみなさま 参加のみなさま方大変お疲れさまでした。
半世紀前、大宮から新杉田に不安と希望で駅に降り3階の奥まった部屋(東京SPJ横浜営業所)をノックしたことを思い出しました。
根岸線の解説のあと長い階段を登りつめドルフィン、FIRE STASIONの看板を横目に森林公園、あまりの広さに3名、迷・大人で頭をかいてしまいました。
アトラクションを用意していただきダーツ、認知度テスト(大豆を箸で摘まんで)は気が流行るばかりで思うに任せず散々たるものでした。この時期、緑が映え、アップダウンもありとても良いところですね。横浜橋アーケード、伊勢佐木町で一曲、懇親会の生ビールはまた格別でした。ありがとうございました。
山村伸明様
コメント頂き、ありがとうございました。今回は横浜市内にもこんな大きな大自然があることを知って頂き、また楽しんで頂きたいと企画しました。九州、田舎育ちの私ですが、横浜に住んでもう50年以上経ち、この横浜が大好きになりました。横浜には「開港の地」という日本が世界に公式に門戸を開いた歴史があります。その為西洋文化・風習などが流入し史跡が沢山あり、学ぶチャンスが沢山あります。横浜学を学んで実践的に歩き廻り、皆さんに少しでも横浜の過去・現在・未来を知って頂ければ幸いです。
山村さんが赴任された磯子の社屋は、昭和40年代中旬、早川社長をお迎えし落成式を行いました。当時4階・5階には独身寮があって私は入居者の一人でした。懐かしくコメント拝見しました。
皆さんに、まだまだ横浜、神奈川には知って頂きたい・行って頂きたい所が沢山あります。
これからも是非お楽しみ頂きたいと思います。企画者として頑張って参ります。