第4ブロック 「千葉市稲毛地区(いなげ八景)」開催報告

 5月は初夏の季節であり梅雨前ですが、あいにくの雨で気温も15度と季節外れの寒さとなりましたが、「千葉市稲毛地区(いなげ八景)」の初夏イベントを開催しました。

実  施  日:令和7年(2025年)5月31日(土)10時30分集合
実施場所:千葉市稲毛地区 『いなげ八景
     [昼食]JR稲毛駅前大衆食堂『安べゑ 稲毛駅前店
参  加  者:17名 (内他ブロック参加者 1名)


 東京支部でブロック別イベントが2018年(平成30年)に始まり、第4ブロックは今まで15回のイベントを開催しましたが、16回目で初めて雨のイベントとなりました。7年間15回雨に降られなかったのは奇跡なのか、強烈な晴男が居たのか謎です。

 稲毛地域は、比較的平坦な台地上にあり、昭和30年代に大規模な埋め立てが始まるまで、国道14号付近に海岸線があり、遠浅な海岸に千葉県内初の海水浴場が開かれ、海水浴や潮干狩りを楽しむ人々で賑わったそうです。
また、明治後半以降は避暑地として人気を呼び、大正の実業家でワイン王として有名な神谷伝兵衛(かみやでんべい)氏などの別荘・別邸が次々と建てられました。
 稲毛地域には、中国の「瀟湘八景(しょうしょうはっけい)」にちなみ、『いなげ八景』があります。『いなげ八景』は、千葉市の郷土史家・西山明氏と地域の方と共に選定した、かつての海辺の記憶を残す稲毛の8つの風景です。
今回の稲毛散策では、8つの内の5つを回る予定でしたが、雨で地面が抜かるんで足元が悪いと思われたので 稲毛公園《松林夜雨(しょうりんやう)》は行かずに昼食場所に向かいました。
 ① せんげん通り《せんげん通り募雪(ぼせつ)》
 ② 稲毛浅間神社《浅間神社晴嵐(せいらん)》
 ③ 千葉市ゆかりの家・稲毛《ゆかりの家夕照(せきしょう)》
 ④ 旧神谷伝兵衛稲毛別荘《神谷別荘秋月(あきづき)》
 ⑤ 稲毛公園《松林夜雨(しょうりんやう)》
いなげ八景



 

 

せんげん通り《せんげん通り募雪(ぼせつ)》

当日は、京成千葉線の「京成稲毛駅」に10時30分に集合です。「京成稲毛駅」の目の前が『せんげん通り』です。
せんげん通り』は、「京成稲毛駅」と海水浴場をつなぐメインストリートだった通りで、この辺りでは女性たちが貝の剥き身販売をしていたので貝殻で白く積もっていた事から「せんげん通り募雪」となっています。今では「よとぼし祭」などで注目を浴びる商店街となっています。
せんげん通り』の京成稲毛駅近くの並木酒店では、神谷傳兵衛が造った「蜂印香竄葡萄酒」や「電気ブラン」を購入することができます。
せんげん通り』を海に向けって約5~6分下ると『稲毛浅間神社』の裏鳥居に着きます。

② 稲毛浅間神社《浅間神社晴嵐(せいらん)》

稲毛浅間神社稲毛浅間神社(いなげせんげんじんじゃ)』は、 大同3年(西暦808年)平城天皇の時代に富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)の御分霊を奉斎(ほうさい)したのが稲毛浅間神社のはじまりと伝えられている由緒ある神社です。
治承4年(1180年)には、源頼朝が東六郎胤頼を使者として御幣物を捧げて武運長久を祈願したのをはじめ、千葉氏中興の祖といわれる千葉常胤(ちばつねたね)以来、代々の千葉氏の信仰が篤かったことが分かっています。
昭和39年(1964年)に社殿を焼失し、昭和41年(1966年)現在の社殿が建立されました。
稲毛浅間神社の神様は、安産・子育ての神様である木花咲耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)です。木花咲耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)は、別名「浅間大神(あさまのおおかみ)」とも呼ばれ、火と水の両方の力を持ち、富士山を鎮めたとされています。
安産、子育て、縁結び、夫婦円満、火伏せ、商売繁盛、家内安全、無病息災などのご利益があるとされています。
また、稲毛浅間神社に伝わる十二座神楽は、県指定無形民俗文化財に指定されており、境内の神楽殿で年6回奉納されます。


 裏鳥居から表参道に回り、手水舎(ちょうずや)で清め、本殿で参拝しました。雨のせいか他に参拝者が居なかったので本殿前で集合写真を撮らせて頂きました。
今回珍しく御朱印を頂く方はいませんでした。
③の『千葉市ゆかりの家・稲毛』から④の『旧神谷伝兵衛稲毛別荘』に向かう途中、『稲毛浅間神社』の表参道にある二の鳥居の横を通りましたが、一の鳥居は埋め立て前には海の中に立っていたそうです。

千葉市ゆかりの家・稲毛《ゆかりの家夕照(せきしょう)

千葉市ゆかりの家

 明治中期以降、保養地として多くの文人墨客が訪れた稲毛には、多くの別荘が建てられました。『千葉市ゆかりの家』もその一つで、建物は主屋と離れの2つに分かれ、どちらも木造平屋のつくりとなっており内部は、障子の結霜ガラスや木瓜窓など、繊細なデザインの数々も見どころで当時の雰囲気を存分に味わえます。
中国清朝の最後の皇帝となった愛新覚羅溥儀(あいしんかぐら ふぎ)の実弟・溥傑(ふけつ)と日本人の妻・浩(ひろ)夫妻が、半年ほど暮らしてたことでも知られています。
愛新覚羅溥傑(あいしんかぐら ふけつ)に嫁いだ天皇家の血筋にもつながる嵯峨家の長女である浩(ひろ)が書いた『流転の王妃の昭和史』(愛新覚羅浩著 新潮社)に新婚生活をおくった稲毛の住まいのことも書かれています。
ご夫妻が新婚時代を過ごしたのは1937(昭和12)年のことで、なぜ稲毛だったかというと、溥傑(ふけつ)が当時陸軍歩兵学校(現・千葉市稲毛区天台)に在籍していたことから、通勤に便利なこの家を選んだようです。
愛新覚羅溥傑(ふけつ)(1907−94)は、中国・清朝最後の皇帝溥儀(ふぎ)の実弟で、「満州国」軍人となり、昭和天皇の遠縁にあたる嵯峨浩(さがひろ)(1914−87)と結婚し、二女に恵まれました。
愛新覚羅浩(ひろ)は、嵯峨(さが)侯爵家より昭和12年(1937年)日満親善の国策で溥傑(ふけつ)と結婚。 戦後、溥儀と溥傑がソ連(現・ロシア)に拘束され、浩は大陸を流浪して「流転の王妃」と呼ばれました。 22年帰国しています。

母屋の和室には、愛新覚羅溥傑(あいしんかぐら ふけつ)の直筆の書(複製)や浩(ひろ)さんにまつわる数々の資料が展示されています。
今回『千葉市ゆかりの家・いなげ』の係員の方から丁寧に説明を頂き、皆さん熱心に聞き展示物を興味深く拝見されていました。

 

旧神谷伝兵衛稲毛別荘《神谷別荘秋月(あきづき)》

 次の④ 旧神谷傳兵衛(かみやでんべい)稲毛別荘は、③ 千葉市ゆかりの家・いなげ(旧武見家住宅)から国道14号沿いに徒歩4分の所にあります。
旧神谷伝兵衛稲毛別荘 日本のワイン王といわれた明治の実業家・神谷傳兵衛(かみやでんべい)の別荘として大正7年に建てられた洋館です。当時、母屋のある木造雁行型の和館とゲストハウスの洋館が隣接していましたが、洋館のみが残り、一般公開されています。全国的にも希少な初期の鉄筋コンクリート建築で、大正12年の関東大震災でも崩れることなく今に残っています。
神谷伝兵衛は、浅草の電気ブランの「神谷バー」や茨城県ワイン醸造場「牛久シャトー」の創始者として知られ、生涯を日本人のためのワインづくりに捧げた人物です。
稲毛が海辺の保養地だった頃の記憶を物語る建物としても価値があり、国登録有形文化財に指定されています。
外壁は円柱に支えられた5連のアーチが洋館らしく、細かい白色タイル張りの外観やファサードの直線的なデザインはアールヌーボーやゼセッソンの影響を受けており、その後のモダニズムにも通じています。ベランダは海を眼下に望んだいかにも別荘らしいものです。

旧神谷伝兵衛稲毛別荘』には、台所やお風呂などありません。これらは別荘横に建てられた母屋にあり、母屋は現在市民ギャラリーとして利用された居ます。
旧神谷伝兵衛稲毛別荘』でも係の方から別荘の歴史や特徴をご説明頂きました。

稲毛公園《松林夜雨(しょうりんやう)》

稲毛公園・松林 今回は雨が降っていた為、ぬかるんで足場が悪いと判断し、『 稲毛公園・松林』にはいきませんでしたが、かつて「関東の須磨」とも称された稲毛の松林です。
明治21年、松林の中には稲毛海水浴場と共に「稲毛海気療養所(後の海気館)」が開設され、多くの文人墨客が訪れていました。今も「根上松」や「磯馴松(そまりまつ)」が見れます。かつて砂丘に生えていた黒松が、風によって砂丘の砂が吹き飛ばされ根がむき出しになった松を「根上りの松」と言います。

〇 昼食(安べゑ 稲毛駅前店

門永新ブロック長

門永新ブロック長

 雨が降っていた為、の『稲毛公園』を飛ばし、の『 旧神谷伝兵衛稲毛別荘』から直接昼食予定のJR総武線「稲毛駅」前の大衆食堂 『安べゑ 稲毛駅前店』へ向かいました。
昼食会開催に当たり、昨年度まで第4ブロック長を長年務められた矢田英雄さんからブロック長を引き継いだ門永新ブロック長からご挨拶と第4ブロックイベントに初めて参加された三島和英(2025年2月新入会)さんの紹介がありました。三嶋さんから「これから色々な行事に参加していきます」との言葉の後、

初参加の三嶋さん

門永新ブロック長の乾杯で昼食が始まりました。
 昼食会場の「安べゑ 」は、チムニーグループの店で「市ヶ谷のチムニーには、よく行った」とチムニーを懐かしむ声がありました。
余談ですが、第3ブロックが宴会でよく利用する「魚星 大宮西口店」もチムニーグループの店舗です。

安べゑ」の名物は、秘伝の出汁でじっくり煮込んだ肉豆腐で皆さん美味しいと評判でした。飲み放題でたらふく飲み、2時間の予定が30分もオーバーしましたが和気あいあい楽しい時間を過ごしました。

中締め 橋爪顧問

中締め 橋爪顧問


最後は、橋爪顧問から今年度始めた「男の料理教室」の話などの後、三本締めで中締めとなりました。
解散後、麻雀組やカラオケ組など2次会も楽しまれた模様です。

冒頭の晴男ですが、考えてみれば矢田さんがブロック長のイベントは全て雨が降りませんでした。
矢田前ブロック長、7年間お世話になりました、今後はブロック員として気楽にイベントに参加頂ければと思います。ありがとうございました。

次回は、7月24日(木)に恒例の納涼祭をサッポロビール千葉ビール園で「100分 食べ放題+飲み放題!『バーベキュー焼肉食べ放題』」を実施予定です。
皆様のご参加をお願い致します。

 

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