第303回2026年9月例会「行徳の歴史と神輿づくりを訪ねて」実施報告

 今回は、「市川案内人会」で一番人気の「神輿の町・行徳」、「神輿づくり」と「神輿渡御(とぎょ)」ルートの神社を訪ねる「行徳歴史探訪ウオーキング」です。当日の天気は、曇り予報に反し予想外に雨が降ったり止んだりで不安定な天気でしたが、それにも拘わらず21名の元気な会員が「東西線・妙典駅」に集まりました。

神輿ミュージアムにて

■実施日  2026年9月19日(土)
■集合場所 地下鉄東西線 妙典駅
■参加者  21名
■天候   雨が降ったり止んだり(不安定な天気でした)

例会コース地図(こちらをクリック)
お配りした資料(こちらをクリック)

「行徳の塩」と「神輿づくり」そして「祭り」について

 行徳の塩田は江戸時代に幕府による本格的な整備を受け、天領として大きく広がり関東で有数の生産量を誇るほど、かつては製塩業が盛んでした。
全国の「江戸神輿」は約4000基あるといわれ、その半数を行徳の「浅子神輿」と「後藤神輿」で占めたといわれています。
「五ヶ町祭礼」は、本行徳1丁目から4丁目と本塩の総鎮守にあたる「神明(豊受)神社」の大祭です。
3年に一度の間隔で開かれ今年が開催年で、10月11日(日)に神輿の渡御(とぎょ)が行われます。

集合・開会式

 集合場所は地下鉄東西線妙典駅です
開会式は妙典駅南口に面した「白妙(しろたえ)公園」で行い、冒頭に柿本会長より挨拶とリニューアルした「健康歩こう会」のホームページについての案内がありました。
その後、伊東幹事より具体的にパソコンで詳細説明がありました。続いて、辻井例会担当よりコース地図を基に本日のコース概要ポイントを説明すると共に、「市川案内人会」の福田案内人及び大澤案内人の両名を紹介しました。


2人の女性の案内人が先導して「神輿ミュージアム」に向けて出発しました。

神輿ミュージアム

 「神輿ミュージアム」は、神輿の木地の製作から組立まで一貫して製作している中台製作所が開設しました。
まず最初に「行徳の歴史と神輿づくり及び中台製作所について」のビデオを約10分程視聴後、中台製作所・説明員より
本題に入る前に、「神輿を担いだ経験者はいますか?」との質問に対し、会員一人が「神輿担ぎ経験した」と答えられました。 それから、普段見る事が出来ない神輿の内部構造や漆の塗り方などを説明頂きました。その後の会員からの注目の質問は、中央に展示している「神輿のズバリ価格は?」その答えは3500万円でした。 それ以外にも説明員と会員のやりとりが活発に行われました。
その後は、隣の工場へ移動し職人が使用する多彩な道具や神輿づくりの繊細な技を間近で、例えば「機械と職人による削りの質の差」を手で触れて実感する等、約20分程時間をかけて見学致しました。
見学終了後、雨が降っていましたので、「神輿ミュージアム」室内で神輿をバックに集合写真を撮りました。
 


雨のためコースを変更し「ふれあい伝承館」を目指しました。川を暗渠化した道を西に約400m位歩行すると「権現道(ごんげんみち)」に至り、「権現道」を南下を続けそして西側に向きを変えて少し歩くと「行徳街道」に当たり、横断歩道を渡る「ふれあい伝承館」が見えてきました。

ふれあい伝承館

 「ふれあい伝承館」は「旧浅子神輿店」の主屋と休憩所から成り、主屋の上棟の建物は重厚な桟瓦(さんがわら)屋根の付いた切妻造り二階建て店舗と平屋建ての居住部からなり1929(昭和4)年に建てられました。
休憩所は「旧浅子神輿店」の向かいにある工場跡地に建てられています。
 同施設見学を2班にグループ分けして、浅子周慶(しゅうけい)の神輿や、行徳にゆかりのある展示物の説明を受けました。
又日本一の神輿(重さ4.5トン)は1991(平成3)年に、「富岡八幡宮」の一宮神輿として「旧浅子神輿店」から旧江戸川を下って隅田川を上り、永代橋のふもとで陸揚げされ、「富岡八幡宮」本社まで大勢の担ぎ手によって渡御(とぎょ)されました。
 続いて「五ケ町の祭礼(大祭)」をビデオで視聴しながら、行徳もみ方(さし・放り受け・地すり)等の説明あり、会員皆様は熱心に視聴されました。


 その後、ふれあい伝承館休憩所で休んでいたグループと合流して、「加藤邸」及び「笹屋うどん跡」の見学に進めました。

加藤邸

 有力塩問屋の粋を極めた近代和風住宅の主屋と並び立つフランス積みの煉瓦塀、主屋及び煉瓦塀も明治後期のもので、国登録有形文化財(建造物)に登録されています。
住宅裏の旧江戸川の河岸から舟で塩を積み出し江戸に向けて運びました。
製塩業で繁栄がもとらされた行徳の姿が偲ばれます。


笹屋うどん跡

 陸路で来てもここに寄らない人はいなかったといわれるほど繁盛した行徳名物のうどん店で 十返舎一九も立ち寄っています。
平安末期の「石橋山の戦い}で敗れた源頼朝は、安房国へ逃げる途中に行徳に漂着し、提供されたうどんや酒肴で力を得たことから、
源氏の家紋である笹竜胆(ささりんどう)の紋が与えられ、屋号を「笹屋}に改称したという伝説が残っています。
建物は(1854(安政元)年建築で現存しており、又「笹屋うどん」看板は歴史博物館に展示されています。
行徳の歴史を伝える良好な景観づくりとして「市川市景観賞」を受賞しています。

加藤邸及び笹屋うどん跡のある「行徳街道」を左折して少し歩くと「常夜灯公園」に着きました。

常夜灯公園

 普段は、旧江戸川の堤防を歩くと、吹く風が心地よく、又常夜灯のあるこの辺りは釣り人に人気スポットでシーバス等が釣れる場所ですが、本日は小雨のため釣り人はいませんでした。
成田山参詣が盛んになり、常夜灯のある新河岸の船着場は賑わいを極めました。
1812(文化9)年には江戸日本橋西河岸と蔵屋敷の講中が行路の安全を祈願してこの常夜灯を新勝寺に奉納した。
(高さ:4.3mの石塔で市川市の有形文化財1号に登録されています。)
江戸から本行徳往復する「行徳船」に乗りこの場所で下船して陸路で成田山に向かいました。
( 日本橋小網 → 小名木川 → 新川 → 江戸川 → 本行徳河岸(船着場)までの約12.6kmを毎日朝6時から夜6時まで運行しました。 )
常夜灯の前で集合写真を撮り、旧江戸川河畔の景色をしばし楽しみましたが、会員から「海はどちらの方向か?」等の質問もありました。


常夜灯公園にて


常夜灯を背景に集合写真を撮影後、旧江戸川堤防を後にして、少し歩くと先程の「行徳街道」にぶち当たり街道西側に、「田中邸」があり、通り道で説明しました。

田中邸

 「田中邸」は「行徳街道」沿い位置し、福沢諭吉門下生で、元行徳町長であった先々代・栄次郎さんが明治初期に建て現在も居住しています。
代々、行徳の塩場師(しょばし)で塩田経営者でした。


「 田中邸」から東に少し歩くと「権現道(ごんげんみち)」に至りました。

権現道(ごんげんみち)とお寺

 「行徳街道」の東側にほぼ平行して、約1kmの道を「権現道(ごんげんみち)」と呼ばれています。
権現とは徳川家康を指しています。家康が東金で鷹狩りのために通った道とされています。
行徳街道ができる前からある古道ですが当時のメインストリートで、中央に石畳が続く道幅2m強の狭い道で、家康が休息したと伝えられ「法泉(ほうせん)寺」のほか沿道には多くの寺(浄土宗及び日蓮宗が多い)が並び「寺の町」行徳らしい町並みが
今でも残っています。「権現道」を歩いている時に、会員から「全国にお寺及び神社の数は?」の質問を受けました。
その時は判りませんでしたが、調べてみると全国には、約77,000の寺院と約82,000の神社があります。
(都道府県別の寺院数ベスト3は、大阪(3,372寺)、兵庫(3,259寺)、滋賀(3,095寺)
(都道府県別の神社数ベスト3は、新潟(4,695社)、兵庫(3,837社)、福岡(3,391社)


「権現道」から無電柱化された寺町通りを西に歩くと先程の「行徳街道」に至り、横断して直ぐに「神明(豊受)神社」に着きました。

神明(豊受)神社

この神社は、“行徳さま”と呼ばれた山伏金海法印が、「伊勢神宮」を勧進して建てたのが始まりす。
「行徳1丁目から4丁目、及び本塩の五ケ町内の総鎮守にあたります。
又3年に一度の開催される「五ケ町祭礼(大祭)」の宮出し神社で御霊(みたま)入れします。
「神輿渡御(とぎょ)」は総重量約500Kgの神輿を白装束のもみ手24名の男性で担ぎ、当日(10月11日)は、一日かけて五つの町内を独特の揉まれ方で練り歩く出発点の宮出し神社です。

 

「 神明(豊受)神社」を後にして、寺町通りを東方面に300m位歩くと「徳願寺」に着きました。

徳願寺

 元は埼玉県にあった「勝願寺」の末寺でしたが、徳川家康の帰依により、新たに堂宇(どうう)が建立され、徳川の「徳」と「勝願寺」の「勝」の二字をとって、改めて「徳願寺」の名がつけられた浄土宗のお寺です。
毎年11月16日(お十夜会)に公開される寺宝「宮本武蔵の達磨の絵と書」や「円山応挙の霊」が有名です。
尚、山門の大きな「仁王像」は明治維新の「神仏分離」で「葛飾八幡宮」より移されたものです。
会員から「仁王の足も大きい!」との声もありました。

 

次に寺町通りから南下して少し歩くと「豊受(とようけ)神社」です。

豊受神社

 渡御を終えた神輿が神社境内に戻る「宮入り」は祭りのクライマックスです。神社の前で「行徳もみ」を披露した後、境内に入りますが、祭りを終わらせたくない担ぎ手たちは、すんなりと入ろうとはせず鳥居の前で神輿の向きを変えて逃げてしまいます。これを押し入れようとする力と押し戻そうとする力が拮抗し、激しい攻防が繰り広げられます。


 神輿は正面の向きまっすぐにしか進めないので、少しでも向きがそれたら鳥居をくぐることができません。180度転回し、仕切り直して再度行徳もみからやり直します。これが数回繰り返され、見物客は「次は入るのか?」とわくわくしながら見守ります。3回ほどで宮入りする祭りもあれば、入るまで1時間以上かかる祭りもあります。
境内を入った後は、社の前で再度行徳もみを披露し、手打ちで締めくくります。

五ケ町の祭礼(大祭)(こちらをクリック)

「 豊受神社」を後にして、一行は本日のコースを無事に終了し、「妙典駅」向かいました。

解散・10月例会のご案内

「妙典駅」前で、柿本会長より次回・10月例会のご案内と参加要請、又案内して頂いた「市川案内人(2名)」に御礼をしてお別れしますと共に解散致しました。
本日は、予想外に雨が降ったり止んだりの不安定な天気でしたが、会員皆様のご協力で無事に予定時間内に終了出来て良かったです。


 来月は10月例会として「皇居内堀を一周し、江戸城御門(橋)とお濠を巡る」を開催予定です。
江戸城御門やお濠を内堀沿いに巡りながら江戸城・皇居の歴史に思いを馳せるコースです。

■開催日時 10月17日(土)13時00分 集合
■集合場所 地下鉄東西線竹橋駅 1a 出口 地上側

是非、ご家族の皆様もご一緒にお誘いの上ご参加下さい。

ご参加頂いた皆様にお渡した資料に、クイズを掲載していますので答えを下記に提示します。

クイズ Q(質問)/ A(答え)

Q 1 行徳で製作した「江戸神輿」 の累計数は?
( ヒント:約100基・約1000基・約2000基 )
A 1 約2000基
  「江戸神輿」は約4000基あると言われ、その半数を行徳の「浅子神輿」と
   「後藤神輿」で占めた
Q 2 日本最大の「江戸神輿」はどこの神社にありますか?
( ヒント:柴又八幡神社・富岡八幡宮・亀戸天神社 )
A 2 富岡八幡宮
   御本社一宮神輿は高さ:4.5m  重さ:4.5トンで日本一の大神輿です。
Q 3 行徳独自の神輿のもみ方(担ぎ方)で、難しい行徳もみ方(名前)は?
( ヒント:さし・地すり・放り受け )
A 3 地すり
   神輿を地面すれすれまで下げ、神輿を中心に時計回りに回転します。

ウオーキング写真ギャラリー


懇親会

尚、解散後は近くの中華店で懇親会を開催し、会員相互の交流で楽しい一時を過ごしました。

懇親会写真ギャラリー

    乾杯の音頭 橋爪静夫様              中締め 沼 秀伸様                一本締め 大開 豊様 


文章作成  辻井 勝
写真提供  柿本政昭
      伊東哲也
      辻井 勝
     (敬称略)

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