第9回 世界遺産「熊野古道」を歩く

遠遊日: 2015年5月20日(水) ~ 22日(金)
世界遺産「熊野古道」を踏破する精鋭6名が平成27年5月19日深夜10時横浜YCATバスセンターに集合しました。今回は深夜バスで紀伊田辺駅に向かいます。
【第1日目】
紀伊田辺駅で「熊野古道語り部の山中恭介さん(シャープOB)」と合流。山中さんのマイカーとバスに分かれて今回の「熊野古道踏破」のスタートです。新緑のこの時期が最高との助言を頂き、「大日越」「小雲取越」「大雲取越」の修験道を歩き新宮を目指します。
この時点では予想以上の厳しく長い道のりが続くとは思いも知らずの6名でした。
バスで凡そ1時間半、湯の峰温泉に到着。日本最古(4世紀頃)と言われる「つぼ湯」を覗き見。(一度に僅か2人しか入れないのでシーズンには時間待ちの行列も出来るとか)勿論公衆温泉もありますが、小栗判官が49日の湯治で再生したとされることでも有名になっています。川筋には「湯筒」があって90度の熱湯が湧き出て卵や野菜を茹でることが出来ます。メンバーも早速売店でネットに入った卵を購入、熱湯に浸けること15分、ゆで卵に舌ずつみを打ちました。しばし休憩の後熊野九十九王子の一つ湯峯王子に参拝し、まず足慣らしにと勧められた「大日越」に挑戦です。距離は短いものの結構急峻な路で前途を思いやりながら1時間強で踏破、車で先回りをしていた山中さんと合流し「大斎原(おおゆのはら(熊野本宮大社旧社地))」に向かいます。
大斎原はかって熊野本宮大社があった所で、熊野川・音無川・岩田川の合流点の中州でしたが明治22年8月の大水害で殆どが流失し残された4社を500m離れた現在の場所に遍座したもので大斎原には流失した中四社、下四社を祀る石造りの小祠が建てられています。石組の基礎石だけが残されていて当時の様子の写真で見ることが出来ました。この一帯は桜の名所で春には大勢の見物人で賑わうそうです。
ここで昼食タイム。山中さんが注文してくれた名物の「めはり寿司」弁当を堪能。一休み。
またここには見上げるばかりの大鳥居があり、高さ約34m、幅約42mに圧倒されます。
ここから歩いて10分、熊野三山の中心「熊野本宮大社」に参拝です。全国に3000社以上ある熊野神社の総本山です。社殿は615年、第十代崇神天皇の時代に創建されたと記されており、上・中・下社からなるため熊野三所権現とも呼ばれています。また十二殿に御祭神が鎮座ますことから十二社権現とも仰がれています。
また神武天皇を奈良まで導いたと言われるご存知の方も多い「八咫烏(導くの神鳥)」神話も有名ですね。日本サッカー協会のシンボルとしても有名で、大きな試合前にはなでしこジャパンもお参りに来るそうで、境内には八咫烏が乗っている黒いポストがありました。
さていよいよこれから本番、熊野古道「小雲取越」に挑戦します。
請川バス停から小口自然の家まで約13km、6時間の歩行です。途中記は参加の皆さんの感想にお任せし行程を表記します。
【小雲取越登り口→松畑茶屋跡→百閒ぐら→林道交差(昼食)→桜峠→桜茶屋跡→
小口自然の家(泊)】。
小口自然の家に午後6時前に到着。足がつったり、引きずったりもしましたが全員無事に到着しました。ここはかって中学校の校舎だったところで熊野古道を歩く人の宿舎として開設され、近くに川もあることからオートキャンプ場にもなっています。
早速入浴し、夕飯に飛びつきました。食堂には既に大勢の方(25名前後か)が居て賑やかに食事をとっていました。聞きますと東北の中高年の方で圧倒的に女性が多かったです。
今日は「大雲取越」をしてきたそうで、大変だった様です。我々とは逆コースですが、ガイドさんからは「今日の路に比べたら明日はハイキングの様なものだ」と言われたそうで今日一日歩いた「小雲取越」がハイキングなら明日はどんなに厳しいかぞっといやな厳しい予感でした。疲れの為か一同すぐに爆睡。
【第2日目】
今日は今回の第本命「大雲取越」に挑戦です。
このコースは近年人気上昇中とのこと、健脚向きに旅行社なども企画する上級者向けです。
語り部の山中さんもこのシーズンはお声が掛かり大忙しいとのことでした。
今日は約15km、8時間の行程です。石畳が1200mも続く登坂で前を行く人の胴から下が見えなくなる胴切り坂や苔むしたアップダウンの路は苦戦の連続でした。そんな中にも整備された杉並木にお地蔵さんが静かに佇む場所ではホッと一息つけました。
今日の行程は、
【小口自然の家→円座石→越前峠→石倉峠→地蔵茶屋跡(昼食)→色川辻→舟見茶屋跡→那智高原→青岸渡寺・那智大社・那智の滝→(バス)→大門坂→勝浦(夕食)→新宮(泊)】
舟見茶屋跡からははるかに太平洋が見えてきました。今イルカ問題で話題の大地町も眼下でした。今日は名にしおう大雲取越、雲を取ることが出来る程ということから名づけられた高い山のアップダウンが続く長い道のりはきつく、足が痛い・重いでした。唯一の楽しみは昼食時工事中の地元の人に聞いた勝浦でも人気のめはり寿司屋さんでした。親父は愛想が悪いが腕は確かだから人気があり、地元の人で賑わっているとのこと。ビールを流し込みながらめはり寿司とマグロのセットものを頂き、今日の宿泊場所新宮に到着しました。
【第3日目】
最終日今回の締めくくり旅です。
【熊野速玉大社→神倉神社→(電車)→伊勢市→伊勢神宮(外宮・内宮)→おかげ横丁→
宇治山田駅→名古屋】
3日目は残った三山の一つ「熊野速玉大社」にお参りします。スケジュールの関係で早朝のお参りでした。神社もまだ開店(?)準備中でひっそりとしていましたがその分静かに心してお参り出来ました。入口にはご神木の「梛(なぎ)の木」が大きく聳えたっていました。街中の歩道には至る所に梛の木が植えられていました。
熊野速玉大社の元宮と言われる「神倉神社」は歩いて15分の所にありますのでこちらに向かいました。噂には聞いていましたがいきなり急な階段がそびえたって足がすくみます。538段もある階段を50段ほど登りましたがその急峻な傾斜には恐怖さえ感じます。登りより下りの方が恐怖感を感じ下りられない人もいると聞きました。今回は誰も登りことは出来ませんでした。次回に持ち越しですね。また来られるかな!
ホテルに戻って荷物を持って新宮駅に向かい伊勢市駅を目指します。
昼頃に伊勢市に到着、近くの近鉄宇治山田駅まで歩きリュックなどの荷物を預け身軽になって伊勢神宮にお参りに行きました。
まずは外宮にお参り。広い境内には何かピンとした空気が漂っている気がしました。内宮に比べて人出は少なく一層厳かな気分になりました。一昨年に遷宮が行われ、旧社殿は取り壊されて更地になっていました。また20年後の遷宮の為に準備を始めるのでしょうか?巡回バスで内宮に移動です。
内宮の入口バス停近くにある灯篭に「早川電機工業 早川徳次」と明記されているのに
気が付かれた方は何人いるでしょうか?2年前にお参りした時に気が付き、今年も楽しみにしておりました。創業者もお伊勢様には何度もお参りに来られたのでしょうか?
内宮はさすがに人出も多く外国人の姿も多く見られました。
五十鈴川で身を清め、内宮にお参りしました。旅の無事終了をお祈りし、家内の安泰をお願いしました。無事にお勤めを果たし、お清めの為「おはらい横丁」へ向かいました。
お決まりの赤福餅を頂き、三三五五の散歩で宇治山駅に戻り最終地名古屋へ。
「熊野には3度、お伊勢さんには9度」との諺があります。また機会がありましたら来たいものですね。また皆さん頑張っていつの日かお参りしましょう。
以下参加者のご手記です。
① (M、Mさん)
憧れの世界遺産・熊野古道巡りにワクワクした気持で5月19日深夜バスに
乗り込みました、翌朝「語り部の山中さんーシャープOB」と合流し、小雲取越の登り口からの登山が始まりました瞬間からその甘い考えはすぐ打ち消され美しい奥深い山中に分け入るのは大変険しい事を思い知らされました。
それでも夢中で歩いているうち、森の中にひっそり佇む杉畑茶屋跡や登りつめた先の壮大な景色の中に立つ百閒ぐら、深緑の杉林、青々とした苔の多には目を見張るばかりでした。
2日目のコースは更に厳しく、前を登る人の足元が見えない程の胴切坂など上りの連続、それでも緑一色に見える程の苔におおわれた大きな卵の形の円座石、茶屋跡の数々、頭上でずっと鳴き続けるウグイスに背中を押され杉林の間の木漏れ日に感動し、熊野を詣でると不思議な力が授かるとの言い伝えを身に感じてきました。
最後の那智の滝も晴天の中でくっきり見え感激しました。
熊野古道には中辺路の王子跡・数々の茶屋跡・繰り返し越えなければならない峠など3度訪れなければ制覇出来ない奥深い山々、是非再び訪れてみたいという気持ちになりました。
3日目は速玉大社の石段も少し登り伊勢神宮にも参拝が出来無事終了した行程に周囲の人々に本当に感謝をしています。ありがとうございました。
② (K.Tさん)
熊野古道(中辺路) 熊野本宮大社~熊野那智大社(小雲・大雲取越)参諸道を行く
今回は、世界遺産「熊野古道」中辺路コース(小雲・大雲取越)に挑戦しました。
2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産に登録された本格的コースで、体力的には相当ハードな道程でしたが、今回はシャープOB山中様(語り部)のご案内により古人(イニシエビト)となって[請川から熊野那智大社間(健脚コース)]を体験しました。
山村の歴史文化・草花・巨樹・古木、そして熊野の自然の魅力や古典文学の世界を垣間見て,広大な森林や自然が作り出した「風景」に癒され、川の音や小魚に励まされてどうにか完歩できました。最終日、熊野速玉大社・伊勢神宮参拝し3泊4日の道程を終了し帰途につきました。
<1日目.>
昨晩、横浜からバス移動し「紀伊田辺」到着。快晴、気分は最高。熊野本宮大社に向け車で移動。車中から見える新緑の山々は、これから起こる激しく辛い出来事は見せず優しく迎えてくれた。途中、八咫烏大鳥居経由、熊野本宮大社にて安全祈願を行い請川から熊野古道「小雲取越」一路小口へ向かう。緩やかな上り坂で気分もよく、自然と旧跡を楽しむ余裕さえある。午後になり気温も上がり、拭いても拭いても汗が止まらない。 補水するもすぐ汗になる・・・・スタミナロスが気になる。徐々にキツクなり、太ももに異常が起き始めた「松畑茶屋跡」。 少しスピードを緩め「百閒ぐら」まで上ると平たんな山道で一息つく。「小口自然の家」に向けて、今度は上り下りを繰り返し「桜峠」から一気に下る。・・・急勾配、苔で滑る岩に悩まされ、補給した水も無くなり、汗だけが噴き出る。足の痛さは感じない。ひたすら前進、ただ歩くのみ。メンバーに励まされ、鳥のさえずりに勇気をもらい、そよかぜと木漏れ日に癒され、ようやく目的地にたどり着く。靴を脱ぐと太ももに激痛がはしるも、魔法の手と妙薬で数分で収まる。
<2日目>
今日も快晴、早朝から「大雲取越」の急な上り坂に挑む。(嫌な予感が・・・)昨夜、十分睡眠をとり体調は十分であるが、脚が引っ掛かる違和感をかんじていた。一気に780mを上り「越前峠」へ登る。緩やかな下り坂で途中、川のせせらぎと一面の苔やシダ、木々が作り出す自然を満喫する。「熊野那智大社」に向けて一気に坂道を下る。那智高原休憩所からの石段はキツカッタ。那智勝浦で特産品「まぐろ」と「めはり寿司」を食す。・・・・おいしかった(親父は噂通り 愛想なし)
<3日目>
本日も快晴、脚に心地よい疲労感が有るが気分は良好。「那智速玉大社」「伊勢神宮(外宮・内宮)」旅の無事に感謝し参拝後、帰途に就く。
日頃、漫然とした生活の中では感じられない
*自然と古人の残した産物
*それから発するパワーと癒し
*「達成感」「満足感」と「まだ出来る」を体得できた。
メンバー、支援スタッフ、幹事の皆様に感謝いたします。ありがとうございました。
③(I.Sさん)
5月19日 22:10
横浜YCATから紀伊田辺駅に向かって出発
心配した通りウツラウツラの連続で寝た気がしない
5月20日 07:00
紀伊田辺駅到着 快晴幸先よし
ここで語り部山中さんと合流
JR紀伊田辺駅前 ここが出身地と言われる弁慶像
5月20日 09:30
バス1時間半の移動でわたらせ温泉へ。そこから山中さんの車で湯の峰温泉へ。
小栗判官蘇生の地と言われるが史実に暗いため今一ピンとこない。
勉強します。ここで卵を買い源泉で温泉卵を作る。一個ご相伴にあずかりました。
普通のゆで卵の味。
5月20日 09:50
小休憩の後いよいよ熊野古道大日越えで熊野本宮へ向かう。
途中湯元王子を参拝し良い雰囲気の古道を本宮目指しひたすら上る。
5月20日 11:30
熊野本宮大鳥居を望む。水害前の旧社地跡、公園内を散策大鳥居下で昼食。
名物のめはり寿司弁当旨かった。ここで神木なでの木の薀蓄を聞く。
昼食後熊野本宮参拝。ヤタガラスの由来、起請文のことなど説明を聞く。
カラスの乗る黒いポストが珍しい。
- dsc01541
5月20日 13:30
いよいよ今日の核心の古道 小雲取越え登り口に到着
民家の横を通り平坦な道を気持ちよく歩く。
15:16つらい上り坂を登りきり百間ぐらに到着。急に視界が開け絶好の展望。
記念の集合写真を撮る.この後アップダウンを繰り返しメンバーのペースについて行けずバテバテになる。コムラガエリをだましだまし18:20漸く小口集落にたどり着く。
5月21日 07:30
宿舎前で記念写真
他のメンバーは今日の核心 大雲取越えに出発。
私はバス移動で新宮 勝浦を経由して合流予定の那智山青岸渡寺を目指す。
13:40那智の滝到着目前で見ると大迫力。青岸渡寺、三重の塔と滝、外人さんの古代衣装
大雲取越え降り口等撮影しながら時間を調整し15:50ごろメンバーと合流。
バス移動で勝浦着 夕食は愛想の無いオヤジのいる有名店二代目めはり屋 うまし。
電車移動新宮ステーションホテル泊
5月22日 07:12
早朝 なぎの神木のある速玉大社 山上の神倉神社参拝 神倉は登り口階段のみ撮影。
上るに従って急勾配になり降りられない人ありと聞く。恐れおおし。
- dsc01602
新宮から多気経由伊勢市駅に向かう。徒歩にて宇治山田駅へ。荷物を預け徒歩にて外宮に向かう。
13:14伊勢神宮外宮参拝
土宮 風宮 多賀宮も合わせて参拝。
14:10伊勢神宮内宮参拝
何度来てもイイ。心が洗われる気がする。何とも言えない清涼感。
特定アジア人多し。天皇侮辱するのに何故くる?内宮前で集合写真。
14:50おはらい町
参拝後おはらい町散策。観光客多し。新酒五杓試飲山盛りのため口からお迎え。
赤福本店で赤福3個とお茶。何名かお土産に赤福購入。
おかげ横丁でお土産さがし。糸(糸が2個横並び)印煎餅が名物とのことで購入。
今日の日程全て終了。内宮前からバスで宇治山田駅に向かう。
近鉄にて名古屋 名古屋から新幹線で新横浜到着
有田様何かとお世話になりありがとうございました。
お疲れ様でした。
④(K.Mさん)
かなりきつい行程でしたが、とても充実感と満足感のあるコースでした。
世界遺産は中尊寺、白上山地、石見銀山、厳島神社、富岡製糸工場跡等々行きましたが、観光地と違いじっくりと時間をかけ心底体験出来る実感を持てました。また違ったコースを歩きたいものです。
企画ありがとう御座いました。感謝です。
⑤(K.Hさん)
熊野古道は以前から訪れたい憧れの聖地でしたが、実際に中辺路の「大日越」・「小雲取越」・「大雲取越」は雨の多い熊野には珍しく天候にも恵まれ期待以上に素晴らしく、二日間熊野古道を満喫しました。
特に私の印象に残ったことは現在、私の住む藤沢との意外な二つのつながりでした。
一つは藤沢には時宗の開祖一遍上人ゆかりのお寺「清浄光寺」(遊行寺、箱根駅伝で有名な遊行寺の坂)がありますが、一遍上人が全国各地を修行に励み、六字名号を記した念仏札を配り始めると紀伊で、とある僧から己の不信心を理由に念仏札の受け取りを拒否され、大いに悩むみ、参籠した熊野本宮(現在の大斎原)で、熊野権現から、衆生済度のため「信不信をえらばず、浄不浄をきらはず、その札をくばるべし」との夢告を受ける。この時から一遍と称し、時宗開宗のときとしたとの話を聴き、それを伝える記念碑が大斎原に立っていて藤沢在住の方も建立にあたり寄付をしている。また、遊行寺関連の藤沢中学校が毎年修学旅行で訪れるとのことです。(神社に仏教関連の碑を建てることに尽力頂いた熊野本宮大社にも感謝。)
もうひとつは「小栗判官・照手姫」の伝説で藤沢に二人のお墓があるのは前から知っていましたが、今回訪れた湯の峰温泉に小栗判官の蘇生の伝説がありました。
この二つの意外なつながりは一層、私の熊野に対する思いを深くし、再度訪れたいとの想いを強くしました。



