四季酩酊 第84回
北洋さん
酒坊
敗戦後の日本は戦前に比べ、日ソ漁業交渉などで漁獲高の割り当ては厳しくなっていたが、昭和39年頃の基地の街の函館は出航の5月に街中が賑わいを見せた。函館港に日本各地の漁船が続々と集結する。十字街や松風・大門は長靴を履いた漁師が闊歩して北洋さん一色になる。
1964年(S39)は折しも東京オリンピックの年で、ストリップ劇場の看板に「いま花開くオリンピンクショー」とあったりして、ストリッパーに法外なチップをあげたりしていた。バーやキャバレーは前渡金で懐のあたたかい長靴族に占拠され、函館住民は太刀打ちができない。夜の街でモテるのは北洋さんばかりだ。
出漁の前日の西浜波止場は別れのセレモニーでお祭り騒ぎだ。漁場のアリューシャン列島は低気圧による不安定な気候に海の墓場と言われ、遭難する船は少なくない。ゴザの上に料理や酒を並べて、各地の港町から別れを惜しみに家族が囲んだ。乳呑み児をおんぶしている若い妻も見える。停泊の船からは音量をいっぱいに上げて、サブちゃんや都はるみのがなり声が飛び交っている。若い女が差し入れを持って船に渡した板を危なっかしく渡って行く。顔を知っているホステスを見かけると「あしたから暇になるから来てね」囁かれたりもした。
翌朝、湾内を揺るがすように一斉に汽笛を鳴らして、母船と独航船が函館山を囲むように航行を始めた。私は車で函館山に登り、壮観な出航を眺めた。北洋漁場への壮行は昼過ぎまで続いていた。
北洋の男見送る夜の蝶 酒坊
