文学青年私記 ⑩

四季酩酊 第87回

波に漂う泡沫

酒坊

昼の男と夜の女が普通の恋人同士になるのは難しい。女に翻弄され続ければ太宰になれると思ったが、所詮無理な話だ。

東京に居る時、家に入れていた金をそっくり母親は貯金していた。函館に来る前に10万円の通帳を渡されたが、夜の浪費で底を尽き、パーソナルチェックを銀行に作らせた。個人小切手である。店は嫌がった。翌日銀行が開くと同時に入金する。自転車操業だった。小切手を信用しない店もある。一緒に寮まで付いて来た。付け馬である。

スマイルを辞め、「花馬車」へママの待遇で移った。それから「能代」に移り、実家がある湯の川の「道草」に移った。頻繁に店を変える理由をそれなりに話してはくれた。ニニ・ロッソの「夜空のトランペット」と高倉健の「網走番外地」のEPをプレゼントされ、まだ私を向いていた。店が終わると揃って実家へ行き、母親に夜食をいただいた。

松風町の「ろばた焼き」に女将で戻ってきた。そして、東京の話になる。「東京の支店で手伝いが欲しいと言われた」五反田の方だが詳しい場所を言わない。電話の声を聞きたかったが、炉端焼きの店員に聞いても曖昧だった。6月1日のA子の誕生日に逢う約束をしていたので待つことにした。

寂しさを埋めるように毎夜、松風町をうろついた。高砂通りの「廬山」は気が合う店で口数の少ない細面の良子が接待に着いた。ここは中国酒の他に世界の酒があった。アブサンやウオッカの強い酒を飲んだ。A子の誕生日が近付いても嬉しさが沸かない。帰って来ないと思い始めていた。

彼女は約束を守った。前日に会社に電話が来た。数か月ぶりの再会である。それからもたまに東京に行く事はあったが「ろばた」に居た。ほどなくしてそこも辞めて、バアに勤め、湯の川の実家を出て、新川町の一軒の家を借りた。

その頃、彼女が何を考えていたのか理解ができない。ほとほと疲れた。『堕落しなければ良い小説は書けない』と無頼派作家に憧れたが堕ち切れない自分を見ていた。ただ、ひとりの女に翻弄されていた。無頼の真似事に過ぎない。寿司職人との噂も耳に入ってきた。

A子の店を看板近くに出て、消灯を確認してから家に向かった。帰っていない。30分ばかり待ったが来ないので、玄関のカギを壊して家に入った。外は雪である。じっと待っていると玄関のカギが壊れているのに驚いている。一人じゃない。ぼそぼそした声が遠ざかる。

「お客さん。・・・送ってくれたのよ」駄目だと思った。

無頼漢には所詮なれない男  酒坊