第56回「鎌倉殿の13人史跡巡りパート1」 【再挑戦!】
2022年12月21日
天気 曇時々晴
気温 12~15度

今回は先週最終回を迎えたNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に因み、鎌倉の史跡を巡りました。(当初11月に予定しておりましたが荒天のため今回再挑戦です。)
本日のコースは集合した鎌倉駅から、覚園寺、永福寺跡、大倉幕府跡、法華堂跡、鶴岡八幡宮、宝戒寺、妙本寺を巡って鎌倉駅に戻るコースです。
曇り空ではありますがJR横須賀線の鎌倉駅東口に今回参加の7名が集合、10時発のバスで終点「大塔宮」まで移動です。下車後、リーダーより本日のコースの概要説明の後、史跡散策スタートです。









覚園寺(かくおんじ)
『鎌倉殿の13人』で主演の小栗旬さん演じる北条義時が建てた「大倉薬師堂」がそのはじまりとされており、本堂薬師堂には薬師三尊坐像と十二神将像が揃って祀れています。
ガイドさんからの詳しい説明で、本堂天井の羽目板に創建当時の記述があり、年号や作者の名前から運慶とその弟子により作成されたもので国の重要文化財となっているとのことでした。参加の皆さんは十二神将像から、自分の干支を探して手を合せておりました。
残念ながら、境内内での撮影禁止の為、本堂の薬師如来、十二神将像は撮影出来ませんでした。又、当日は正月参拝準備のため見学コースが本堂周辺のみとなっており、師走を感じられた散策でした。









永福寺(ようふくじ)跡
永福寺は源頼朝が弟義経と奥州藤原氏の霊魂を鎮める為に、奥州平泉の中尊寺、毛越寺、無量光院などを模して建立した寺院です。
本堂の二階堂を中心に薬師堂、阿弥陀堂、三重塔などを備えた壮大な寺院でしたが、1405年(応永13年)に焼失しました。
本堂の「二階堂」の名は地名として今に残っています。また『鎌倉殿の13人』で13人の御家人の一人、二階堂行政(野仲イサオさん)はこの近くに居を構えたことから二階堂を名乗りました。(前は工藤行遠の息子で藤原行政を名乗ってました。)






昼食は大塔宮そばの定食屋さんです。




大倉幕府(おおくらばくふ)跡
源頼朝(大泉洋さん)が構えた御所跡で、頼家(金子大地さん)、実朝(柿澤勇人さん)と源氏3代の将軍が政務を執り、宇都宮辻子に移るまでの45年間幕府の中心でした。
大倉幕府は現在の鶴ヶ岡八幡宮の北東一帯の地域にあったと言われています。
東御門、西御門、将軍御所、公文所、問注所など幕府の主要施設が置かれていました。



法華堂(ほっけどう)跡
法華堂は源頼朝、北条義時の慰霊を行った墓堂があったとされています。
頼朝法華堂跡には頼朝墓と伝わる石塔があり、義時法華堂跡は遺構が確認されています。
義時法華堂遺構から北奥の山の上に大江広元、毛利季光、島津忠久の墓石があります。
大江広元は鎌倉幕府の政所初代別当で、毛利季光は広元の4男です。季光は宝治合戦で敗れ頼朝法華堂で自害したと言われます。島津忠久は鎌倉幕府の御家人でした。
毛利・島津の開祖が鎌倉幕府から派生していたとは驚きですね。新しい発見でした。
三浦泰村一族は宝治合戦で、北条時頼に攻められて一族276人がここに立てこもり自害したと伝えられています。









鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)
言うまでもなく鎌倉のランドマーク的な存在で源氏の氏神を祀る社、境内の鎌倉文華館
鶴岡ミュージアムでは大河ドラマ館が開館していました。(1/9まで)
鶴岡八幡宮は、源頼義が1063年(康平6年)京都の石清水八幡宮を勧請したことから始まり、頼朝が現在地に遷し、武門の神・勝利の神として崇敬を集め、以降700年続く武家政権の礎を作りました。扁額に記された八幡宮の「八」は鳩が向き合う形を表しています。
これは八幡神の使いが鳩であることにちなんだものです。
2020年に強風で倒潰した大銀杏は根元から若芽が生えてもう5m近くに育っています。









宝戒寺(ほうかいじ)
鎌倉幕府第2代執権北条義時以来、北条家が代々居を構えた場所に足利尊氏公により、北条氏の霊を弔うために建立されたお寺です。また、1333年(元弘3年)新田義貞の鎌倉攻めで近くの東勝寺で自害した北条最後の執権第14代北条時高や一族を慰霊する慰霊堂や慰霊碑があります。萩の寺としても有名な場所となっています。










宝戒寺から妙本寺に行く通り道に「日蓮上人辻説法跡」がありました。



妙本寺(みょうほんじ)
「鎌倉殿」の13人の重臣のひとり、比企能員(佐藤二朗さん)ゆかりの地であり、
境内には非業の死を遂げた比企一族の供養塔がありました。
ここではご結婚式の前撮りの撮影会と遭遇!(しかも4組も)
皆さん華やかな衣装に身を包んで最高の笑顔です。
思わず「おめでとう」と声を掛けました。末永く~? お幸せに~!





四基の五輪塔と石塔




15時過ぎにはスタートした鎌倉駅に戻り解散となりました。
鎌倉駅で解散後は、小町通りでお土産を買いに行かれる方もいました。
途中食事も含め所要時間約5時間、全行程約7km(バス含む)、おつかれさまでした。



【番外編】ちょっと ”いいお話” お教え致しましょう!
皆さんは鎌倉殿の13人って誰か知ってますか?
(武士御家人)
・北条時政(義時の父、初代執権) ・北条義時(頼朝の右腕、2代執権)
・梶原景時(頼朝の恩人、和歌の教養人)・和田義盛(武勇、豪快、侍所別当)
・比企能員(比企の尼養子、北条と敵対)・三浦義澄(時政と悪友、三浦の棟梁)
・安達盛長(頼朝の信頼於ける従者) ・足立遠元(文武両党、文官の役目も)
・八田知家(北関東を治める御家人)
(文人御家人)
・大江広元(政策担当、政所を仕切る) ・中原親能(外務担当、朝廷との交渉役)
・三善康信(訴訟担当、問注所番人) ・二階堂行政(財務担当官僚)
※NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の出演者をかっこ内に記載いたしました。
当日のお手元資料に配役一覧入れております。下記ご参照いただければ幸いです。
次回は2月22日(水)に今回の続編「鎌倉殿の13人史跡巡りパート2」を企画しています。
奮ってご参加のほど宜しくお願い致します。
参加記作成 伊東哲也
有田知義
写真提供 柿本政昭

