四季酩酊 第76回
酒坊
今年の「とうりゅう会」の吟行は5月11日に上野で行われた。天気予報では雨が時折降るようなことを言っていたが、東照宮で霧雨みたいなのが顔をかすめた程度だった。地図で行程をご案内し、会員の句を紹介して行きます。

午前11時に⑤西郷さんの銅像前に集合しました。急用のできた、のぶこさんを除いて7名の参加。銅像前では修学旅行生の記念撮影が後を絶たない。「こんなに小さかったっけ」誰かが言ったが同感である。皆、久しぶりなのだ。下の道路から見えたはずだったのに見えなかった。西郷さんの隣には彰義隊の墓⑥がある。ご存知のように、彰義隊の幕府軍と西郷隆盛たちの官軍はこの上野の山で戦った敵同士である。それが同じ屋根の下にいる。
銅像のワンチャンリードで可哀相 小結
官軍と幕府仲良く隣組 酒坊


生い茂った樹木の下を少し歩くと⑦寛永寺清水観音堂がある。
天海大僧正は徳川秀忠から寄進されていた、上野忍が岡に平安京と比叡山に倣ってこの寺を開いた。名前の通り、京都の清水寺を模して建立された寺である。歌川広重の浮世絵「月の松」は有名である。不忍池が見えたらしいが今は樹木が大きくなっていて見えない。
雨あがり緑がはえる月の松 ヨシ
広重も俺も覗いた月の松 酒坊
松の月あったあったと観音堂 早苗


清水寺から花見で賑わう桜並木を左にそれて、赤い鳥居が並ぶ⑫花園稲荷神社をくぐり⑫五條天神社に行く。五條天神は江戸三大天神の一つであり、日本の医薬の祖神で無病息災を祈念する人や医薬に携わる人で絶えない。ここにも、外国人の姿がたくさん見えた。残念ながら、ここの句を誰も作らなかったので柳多留から一句。
穴稲荷へ抜けてく二人連れ 柳多留92
いったん不忍池に沿った広い道路に出て、精養軒と梅川亭の坂を登る。昼時なので美味しい匂いが漂ってくる。「今日の句会場はここですか」と場違いな問いには答えない。上野東照宮への境内には各藩の大名が寄進した大灯篭が両側に建ち並んでいる。六大家の1人である村田周魚の「盃を挙げて天下は廻りもち」と尾藤三柳の「乱世を酌む友あまたあり酌まむ」の句碑が上野東照宮の灯篭に挟まれてあった。川柳句碑⑭ ちなみに三柳は我ら早苗講師の先生である。
柳多留人情つめて偲ばせる 小結
大灯篭の正面に金箔を施した上野東照宮⑬が見える。徳川家康を神としてお祀りしている神社です。1627年に造営されたが、1651年に三代将軍家光によって大改修されたままに現存している。震災にも戦争にも負けなかった。運の良い家康を象徴しているような神社だ。
東照宮金の扉に江戸の華 いちお
東照宮徳川はかく偉大なり 早苗
東照宮を参詣して不忍池沿いを歩いて、池の中に建つ弁財天に渡った。不忍池⑧弁財天⑨ 池は蓮で埋まっている。畔にある碑には、大正6年4月27日から29日まで3日間行われたのが最初の駅伝とある。京都の三条大橋をスタートしてここがゴールだったと書いてある。
しのばずへ二挺辻籠きばる也 柳多留23
しのばずの池に琵琶湖の影うつる いちお
寛永寺清水観音堂を拵えた天海僧正は、琵琶湖を不忍池になぞらえ、池の中に弁天島(中之島)を造り竹生島に模して弁財天を祀った。
西郷像の石段下、京成上野駅の入口に昨年建てられた、川柳の原点・誹風柳多留発祥の地の碑黄金のアヒル像で記念撮影をする。川柳の発祥は、選者・柄井川柳、編集・呉陵軒可有、出版・花屋久次郎の三人からなっている。樽を模した碑には次の句がある。
羽のあるいいわけほどはあひる飛ぶ 木綿
可有は木綿という号を持つ川柳作家でもあった。信号を渡ると、アメヤ横丁の入口である。その入り口あたりに、本屋の花屋久次郎の跡を示したものがあると言う。買い物客や見学者、外国人の賑わう通りを掻き分けてやっと捜しあてた。 ①花屋久次郎跡・旧五條天神跡 鉄扉の前には台に板を敷いた露天で外国人向けのロゴ入りのTシャツを売っていた。店が入口を塞いでいて角柱の文字が読めない。
新旧がせめぎあってる街 上野 みのる
賑わいの陰にひっそり柳多留 みのる
アメ横と天神様が同居する せいじ
100分で400年を通り抜け せいじ
桜木の花屋へ柳樽を積み 柳多留82
午後1時、句会場は「日本海庄や」で行われた。何といってもビールの
一杯目が頭と体を正気に戻してくれた。
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ペンと紙持って上野を遊歩する 酒坊













