四季酩酊 第81回
酒坊
6月7日(火)曇り 「愛犬を預ける」
午後3時、ペットホテルのアミさんが我が家の愛犬を預かりに来た。このホテルは狭いゲージに入れずに、居間でアミさんたちと一緒に寝起きをするのでストレスも少ない。不安げな顔も見せずに車に乗せられて行った。
6月8日(水)東京曇り・函館雨 「快適な新幹線」
東京駅12:20発~函館着16:34
はやぶさ19号 7号車14番 E・D席
構内でお土産を買い、「駅弁屋」で弁当と酒を調達。 北海道新幹線は前の席との間隔が広い、揺れも少ない。 大宮でほぼ満席になり、仙台で可なり降りて、 八戸で半分になり新青森で車内は2割程度になった。 「青函トンネルに入ります」のアナウンスに 電光掲示板が赤色に変わってカメラを構えたその 時にトイレを出てきたおばさんにカメラを遮られた。 30分ほどでトンネルを抜けて北海道の吉岡に上陸した。
北海道は雨だった。 新函館北斗駅には義妹と義弟夫婦が出迎えてくれた。
4年振りの函館である。 ※画像はクリックですべて大きくなります
6月9日(木)雨 「大船温泉・ひろめ荘」
朝から雨。蕎麦やで昼食を摂って5人で温泉に出発。国道83号線を湯の川~トラピスチヌ修道院~川汲峠~南茅部と走り海に出る。大船温泉は硫黄泉と重曹泉の2種類が源泉100%かけ流しの天然温泉である。刺身の美味いのは当然だか、食べきれぬほどの贅沢な料理を味わった。
6月10日(金)晴れ 「間歇泉とパークゴルフ」
鹿部間歇泉公園で10分置きに立ち昇る噴泉を見て、鹿部町パークゴルフ場で18ホールを回って、有名な「ラッキーピエロ」で人気№1のチャイニーズチキンバーガー(¥350)と生ビールを飲んだ。ラッキーなことに金曜日がビール日で¥299だった。夕食は東京の倍近い大きな刺身の回転寿司と日本酒を飲んで、四稜郭から見る裏夜景に連れて行ってもらった。
6月11日(土)晴れ 「道南シャープ電機」
北斗市(私には上磯の地名がなじむ)にある貝鮮焼「北斗フイッシャーリー」で昼食。ホッキ・ホタテ・ツブ・カキを堪能して単独行動で、五稜郭公園に行く。目的は昭和45年の3月まで在籍していた社屋を見るためである。
6月12日(日) 曇り 「松風町から函館朝市」
義妹がパークゴルフの試合に行くので、夫婦で懐かしい街を懐古することにした。函館駅行きのバスに乗り、遊び呆けた松風町で降りる。4年前よりももっと寂びれていた。浅草小路は広い道路になっていたし、駅前通りのアーケードは取り外されていた。市一番の本屋「森文化堂」は4年前にも閉店していたが、まだ看板があった。彩華デパートはパチンコ屋になっている。青春の面影は消えうせた。朝市のイカ釣りには外国人が列をなしていた。
「函館ベイエリアと旧社屋」
十字街の電停から西波止場に向かった中程に五稜郭に移る前の社屋があった。写真は赴任したあとに建った社屋だが、その後幾つか経て、「マメさんラーメン」に姿を変えたが、マメさんも宝来町に移った。(賑わった頃の町名は蓬莱町と言った。この方がよっぽどいい)旧金森倉庫で買い物をして、函館名物「塩ラーメン」を食べた。(西波止場のビットに右足を乗せているのは、裕次郎の真似)
6月13日(月)雨 「スパと居酒屋」
北斗の「東前温泉」(スパ)に行き、居酒屋「山の猿」で大いに食べて呑んだ。せっかく東京から持って行った3割引きのクーポンを義妹の家に忘れてきた。
6月14日(火)雨のち曇り 「サヨナラ函館」
ANA554便 函館12:35〜羽田14:00
雨降る函館も雲の上に出ると快晴だ。長いようで短い懐古の旅だった。
6月15日(水)曇り 「愛犬帰る」
午前11時。音ちゃんが帰宅。知らぬふりをするかと思ったが、抱き上げるとぺろぺろ顔を舐められた。
函館の恋実らせて50年 酒坊






































北海道新幹線での函館を堪能されましたか?貴殿の紀行文で十字街や松風町が懐かしく思い出されます。私はS40年4月に亡くなった田中義人さんとほぼ同時に赴任、十字街のそば屋東京庵の近くに下宿をしていました。深森さんが隣の部屋で
したが、遊びに来ていた三上の悦っちゃんのことを良く冷やかされました。
貴方は当時「窓」に良く投稿しておりましたが、文学青年とは知りませんでしたS43年に大分軒ホテルで結婚式を挙げ、五稜郭の新社屋に移転しS45年までおりましたが、S60年に所長でまた函館に赴任したのですが函館は懐かしい土地です。
石倉さん
お返事が遅くなりました。6/25〜6/27に全日本川柳大会(愛媛県松山市)参加を兼ねて、観光と酒を飲んでいました。
いろいろと昔の函館を思い出していただいて、書いて良かったと思います。もっとも、少しでも縁のある人に読んでいただきたくて書くのですが・・・。
名古屋の自転車屋さんの田中さんはゴルフ場で亡くなったんですね。深森さん、三上悦子さん、よく覚えてますよ。
私の同期には、宇野、岩浪、柏倉、札幌に転勤した小林、一つ下の位高さんがいました。一つ上?には、西澤、三井さんが居たのを思い出します。
そういえは゛水野弘子(旧姓・私の妻)が、石倉さんの家に女性社員が招待されて、奥さまの料理をいただいたと話をしていました。
昔の話をし始めると止まりませんね。齢を取りました。